タイトル：「野良OS開発者の視点」
[寄稿内容]
私は確かに未踏ユース卒業生ではあるが、決して未踏ユースを代表するタレントというわけではない。 私よりも優秀な人たちはたくさんいた。 そう考えるとこの文章を書くのは実に恐れ多い。 それでも私などにこの原稿を任せるということは、おそらく未踏ユースの幅の広さを示したいという選者の意図があるのだろう。 それなら私は臆することなく文を書いていける。 なぜなら未踏ユース内には個性的な人がたくさんいるが、私はその中でもさらに変人側に属すると自負しているからである。
私はOS開発のテーマで未踏ユースに採択された(テーマ名:新OS，OSASK(おさすく)の開発)。 このOSは既存OSの改良ではなく、自分が若気の至りで作った独自仕様のOSを発展させるというものだ。 当時はこれで世界が変わるかもしれないなどと思っていたものだが、結局そのOSは完成には至っていない。 しかしOSを作ろうという小さなブームは起きた。 そういう意味では私のプロジェクトはわずかに世界を変えた。 そして私は自分の経験を活かして『30日でできる！OS自作入門』を執筆し、このブームをさらに息の長いものにすることができた。
私が作ったOSは結局は世間ではマイナーなOSでしかない。 ブームの産物として他の人たちもさまざまなOSを作ったが、やはりそれらもちょっと作って、自分や仲間内で少し遊んで、それで終わりである。 その"仲間内"の規模に多少の差はあるが、結局私たちは同類である。 このようなOSを"野良OS"と私は呼んでいる。 野良猫や野良犬のような、そういう存在に似ているように思うのだ。
野良OSの作者は、多くの場合、比較的小規模なOSを自作して、それでOSの仕組みを大雑把に理解して、それで満足して終わりである。 しかしそれでもまだ物足りない者もいるだろう。 私もその一人だ。 なにかすごいOSを作ってやりたいと思う。 私はそういう同志に対して言いたいことがある。 それをここに書くことで、私の変人ぶりを表現しよう。
同志よ、君たちは小さくまとまりすぎてはいないか。 常識にとらわれてはいないか。 私たちはまがりなりにもOS開発者なのだ。 OS開発者はハードウェア仕様以外の何物にも拘束されないのだ。 OSとはこうあるべき、カーネルとはこうあるべき、OSにおけるセキュリティ対策はこうあるべき、ドライバとアプリケーションの違いはかくかくしかじかである、などということはすべて過去のOS開発者たちが作ったしきたりである。 学校や書籍でOSとは何かを教わったかもしれないが、それらはすべて過去の偉人が考えたものでしかないのだ。 私たちはOSを自作するにあたって、そんなものはきれいに忘れてみてはどうだろう。 そんなものに縛られていては、既存OSの真似事を超えることはない。 それで君たちは満足できるのか。
確かに世間の多くの開発者は、それらの縛りをいわば常識として受け入れている。 疑うこともまずない。 それは彼ら彼女らが、普通の開発者だからだ。 しかし私たちは違うのだ。 私たちはOS開発者なのだ。 システムの全体が見えているし、それを自由に設計できる立場なのだ。 それなのに既存の枠組みを無批判に受け入れてばかりでいいのか。 私たちがやらないで誰がやるのだ。
そうとも私は野良OS開発者でしかない。 それが何を偉そうにと思うだろう。 でもそれゆえに私が何をしたところで社会様に迷惑をかけることもなかろう。 野良ではないメジャーなOSであれば、そういう思い切った冒険はなかなかできない。 野良だからこそ極端な理想を描いて挑戦することができるのだ。 私たちにしかできないことがあるのだ。
私は先日、セキュアな野良OSを設計する機会があった。 奇抜なアイデアをいくつか思いついたのだが、その中の一つを紹介したい。 私がどのくらい常識を疑ってほしいのか分かると思う。
普通の開発者は、ウイルスに如何に感染させないかだけを考えるだろう。 そういう手法はすでによく考えられていて私の出番はない。 私はユーザのセキュリティ意識を高めることが必要なのではないかと考え、定期的に無害な攻撃を受けるOSというものを考えた。 が、ここで紙面が尽きてしまった。 続きは http://k.osask.jp/ipsj52_12/ を読んでほしい。
[つづき]
このOSは毎月セキュリティ攻撃を受ける。 定期的に自分自身を攻撃するのだ。 ただしそのウイルスは感染しても実害はないので安心してほしい。 OSは感染したかどうかを観測し、もし感染したら、「このユーザはウイルス対策が不十分なユーザである」と認定する。 そういうユーザに対しては一定期間ネットワークへのアクセスを大幅に制限する。 自分は既に踏み台にされているかもしれないからだ。 ネットワークアクセスが制限されるのはもちろん不便なことであり、ユーザはそうなることを嫌うだろう。 だから新しいパッチをインストールしていこうと心がけるようになるはずである。
またこのOSは毎月周辺の他のPCも攻撃する。 むろんこれも無害なウイルスを使う。 そしてもし感染するようであれば、そのPCからの通信内容には警戒する。 一切の受信を拒否してもいいかもしれない。 なぜならセキュリティ対策が不十分なPCはいつ踏み台にされるかわからないし、そんなPCからはウイルスを含んだパケットが来る危険性があるからである。
このOSを使えば、ユーザのセキュリティ意識は常に十分に高く保たれるであろう。 OS開発元は、毎月そのときに流行していてパッチ開発済みの無害ウイルスコードを配信することになるだろう。
これは現状ではアイデアのみで実際に開発する予定はないが、しかしこれくらい思い切った（ふざけた？）設計を思いつける下地が、私たち野良OS作者には秘められている。
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少々蛇足気味だが、私が採択期間中に作ったOSの現状を示そうと思う。 その後何度か全面的な作り直しをしているため、これが私たちのプロジェクトの最新版というわけではないが、採択期間中に作ったものの直系の末裔ではある。
このOSは(BIOSによるメモリチェック等の時間を除けば)約1秒でGUI起動する。 メモリは4MBほどしか要しないし、i486SX-33MHzの環境で十分に快適である。 OSのGUI起動までに必要なモジュール(カーネル、シェル、ドライバ)の合計サイズは100KB未満である。 私はこのOSASKのデモのために東芝のLibretto50という15年ほど前の機種を愛用しているが、このマシンはPentium75MHzなので明らかにオーバースペックであり、待たされたと感じたことは一度もない。
この速度やサイズは、OSが多くの煩雑な処理をアプリケーションに丸投げすることで実現しているのではない。 むしろアプリケーションは小さい。 かなり小さいといってもよい。 それはOSが十分なサービスをアプリケーションに対して提供できているからだ。 例を挙げれば、写真右上の3Dキューブが回転するアプリはC言語で書かれているが、実行ファイルは1,393バイトでしかない。 また画面左下の爆弾探しゲームもC言語で書かれているが、実行ファイルは3,213バイトだ。 これには爆弾や猫の顔などのキャラクターデータも含んでいる。 その隣のカレンダに至っては864バイトでしかない。
しかし私はこの結果を誇らしいとは思っていない。 賞賛されるべきはこのOSや私たちではなく、x86というCPUのほうである。 PCというものは、OSを適切に作りさえすれば、この程度のコード量でこれくらいのことが実現できるだけの能力を最初から持っていたのだ。 世間の多くのOSはその能力を十分に活用せずに浪費してきただけなのだ。 つまり私たちは普通にやれば出来ることを普通にやり、それでこれを実現したのであって、何か特別なことをしたわけではないのである。 それは私の著書『30日でできる！OS自作入門』の中でも明らかにしてある。
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さらに蛇足を。 この文章を寄稿したところ選者からコメントをいただいた(ちなみに選者は採択期間中のプロジェクトマネージャでもある)。 いわく、OS設計者たるものハードウェア仕様にまで口を出してほしいものだ、とのことである。 なるほど私たちは既存のハードウェアの潜在能力を引き出すだけではなく、未来のハードウェアのあるべき姿を提案していくべきなのかもしれない。 私は自分を相当に型破りな変人だと思っているが、まだまだ未熟だったようだ。
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上記の第一世代OSASKがx86の能力を限界まで引き出したと思われたらx86に迷惑がかかるのでさらに追記する(2011.10.12)。 私たちはアプリケーションを小さくするためにはどうすべきかを重視してAPI/ABIを真摯に再設計してみた。 それが第二世代OSASKである。 その結果は以下のとおりで、上記の第一世代OSASKの成果は本当に努力不足であったことが判明している。
| echo | 6バイト | asm | コマンドライン引数のエコーバック |
| chars | 13バイト | asm | キャラクターコード0x20から0x7eを出力 ( !"#$%&'()...と出力 ) |
| hello | 16バイト | asm | コンソールに"hello, world\n"を出力 |
| cpy | 45バイト | asm | ファイルのコピーと連結 |
| makefont | 72バイト | asm | 第一世代OSASKのフォントデータをテキストファイルから生成するツール |
| hexdump | 168バイト | asm | ファイルの16進ダンプ表示 |
| calendar | 358バイト | asm | カレンダー表示 |
| nask | 22,824バイト | C | NASM風アセンブラ |
| gas2nask | 4,559バイト | C | gccのgas向けアセンブラ出力をnask向けに変換 |
| golib00 | 2,386バイト | C | ライブラリアン |
第二世代OSASKアプリはこんなに小さいが、これでも（簡単なローダ兼APIブリッジを用意することで）Windows上、Linux上で動作可能なような冗長性を持たせた設計になっている （そのほか私の同志たる友人たちが作っている他の野良OS上でも動作は容易だろう）。 実際efg01.exeという14.5KBのローダを使うと、上記バイナリは全てwin32のコンソール上で実行可能である。 このサイズのバランスから、OS側が機能を背負いすぎているわけではないということを察していただきたい。