なぜ火事は起こるのか?
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- 火事が起こると僕たちは真っ先に「火」を悪者にする。火の元はどこかとか、火の不始末とか。でも考えてみれば、化学的には、火が悪いというよりは、酸素と燃料があるからこそいけないのだと言いたくなる。酸素や燃料が無ければ、たとえ火がどれほどあっても燃えることはないのだ。酸素と燃料が同じところに同居しているという状態は、いうなれば鉛筆のような棒が立っているような不安定状態で、何かきっかけがあれば倒れるのはごく当たり前である。もし最初から倒れていたらどうだろう。どんなにつついても倒れたままで他の状態に代わることはない。これはつまりもう燃えてしまった燃えカスに火をつけても何もおきないということに相当する。
- 不安定状態を克服するには、まず酸素をなくす方法がある。でも、酸素が家にないと僕たちは生きられない。もし地球上の酸素をどうにかして追い出して、(地球の上に住んでいるのに)わざわざ宇宙服を着て暮らすようにすればたぶん火事はめったに起きなくなる。火事が起きないのは結構なことだけど、さすがに宇宙服着用義務は不便だ。ということでこの案は没。
- となると今度は身近なものをすべて不燃物にしてしまおうと考える。・・・考えてみれば、身の回りにはどれほど燃料に満ちているだろう。木造の家は燃えるし、本やノートも燃えるし、そもそも衣服だって燃える。家具だって金属製じゃなければ燃えるし、もちろんプラスチックだって燃える。いうなれば、僕たちは燃料の中を泳ぐように暮らしているといってもいいかもしれない。燃えやすさは少々違うものの、結局は灯油をばら撒いた環境で暮らしているようなものだ。これは火事になるのは当然だ。むしろ火災が現在のレベルで収まっているほうがすごいくらいなのかもしれない気がしてくる。
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- なんでこうなっているのか。燃えないもので衣服を作ってもいいだろうし、家だって燃えないもので作ってもいいだろうし、本やノートだって燃えないもので作ればいいじゃないか。実際、家は鉄筋コンクリート製のものがある。これは火災防止という意味では進歩だ。しかし家そのものは燃えないものの、家具やカーテンや壁紙は燃えるので、火事は起きてしまう。だからもっと燃えないもので作ればいいことになる。
- 確かに燃えにくい布とかはあった気がするので、これで衣服を作ればOKだ。しかし高い。なぜ高いんだろう。希少だから?いや、それなら大量生産さえすれば解決できる。違うのだ、製造工程がやっかりで手間がかかるし、おそらく染料などで色をつけるのも普通の布よりもやりにくいのだ。
- 物が燃えるというのは、結局、その物を構成している分子内に含まれる原子同士があまり強くは結びついておらず、そばに熱と酸素が来たときに「浮気」してつなぎかえがおきるということである。酸素はたいていのものと強烈に結びつくことができる。そういう意味はすごく「モテる」原子といえる。だから多くの場合において浮気は起きてしまい、だからたいていの物は燃えるのだ。・・・燃えないものの多くは、もはや酸素とくっついてしまっているものか、もしくは非常に強い結合のものである。
- 既に酸素とくっついているものというのは、要するに燃えカスである。たいていはもろい(酸化鉄=サビなど)。まあガラスみたいにそれなりに丈夫なものもあるけど。・・・そして強力に結びついているものは、当然ながら硬い。とまあそんなわけで、燃えないもので布のような「柔軟なもの」を作るのはとても難しそうだ。ゴムのような弾力あるものを作るのも難しそうだ(金属のバネならできそうだけど)。
- ということで、結局いろいろな機能を持った便利な身近の品々が燃えやすいというのは、基本的には避けがたいことに思える。絶対に出来ないというわけじゃないにしても、製造工程はどうしても複雑で、コストはかさむだろう。結局は「火」を避けるという現在のやり方は一番よさそうだ。
こめんと欄