人生の成功って金額じゃないよね

  • (by K, 2007.04.15)

(1) 「人生の成功って金額じゃないよね」

  • 「人生の成功って金額じゃないよね」っていう話はよく聞く。僕も実際そのとおりだと思う。しかし人によってはこれをただのきれい事だと言う。成功の度合いを数値化したのが生涯収入だと本気で思っている人もいる。・・・ここでは、きれい事ではなく本当にそうなんだということを、理論的に考えたい。

(2) 金額はどのように決まるのか

  • 物の値段もサービスの値段も労働の対価も、基本的には需給のバランスで決まる。どんなに希少性があっても、それをほしがる人が1人しかいなければ値段は0円でしかない(2人いればやっと値段が決まる - オークションみたいなものを考えると分かりやすいと思う)。ほしい人の数が多ければ、物がそれなりにたくさんあっても高値がつく。
  • 給料も同じだと思う。求人を出しても人が集まらなければ、必然的に給料は高くなる。もちろん上限はある。生産した製品やサービスを買ってくれる人がいなくなるほど料金を上げることはできないから、その料金からの利益を社員数で割ったものが上限になる。
  • ここで注意してほしいのは、その仕事が道徳的だとか、人類文明の進歩に貢献しているかどうかとか、丁寧に仕事をしているかどうかとか、お客さんが感謝しているかとか、そういうことはまったく関係がないということだ。売り手の数と買い手の数と買い手がいくらまでなら出してもいいと思っているか、この3つだけしかない。
  • たとえば医者という仕事を考えてみよう。人の命を守る大事な仕事だ。しかしそれでももし世の中にお医者さんがとてもたくさんいたら、そして腕がほぼ同じなら、患者の取り合いになるだろう。だから医療費は下がると思うし、医師の給料は下がるだろう。・・・同じことはどんな職業にも言える。歌のうまい歌手だって、同じくらいうまい歌手がとてもたくさんいて、ファンが薄く広く分散してしまえば、やっぱり経済的に苦しくなる。もしかしたらどの歌手も50年前の最高の歌手よりも歌がうまいのかもしれない、しかしそれでも供給過多なので50年前の中流の歌手よりも収入が少ない、なんてことが起こりうる。

(3) 金額は成功なのか

  • つまり金額を多くしたいのなら、みんながやりたくないことか、もしくは(知られてないせいで)まだやっていないことをやるしかない。さらにもしそこに人が集まってきて供給過多になりそうだったら、どんどん転職していかなければいけない。そんな風に「自分で決められずに周囲の状況に左右される人生」が果たして成功なのか。もちろん医者として超名医で、他の医者が増えても負ける心配はないとか、超歌がうまいとか、そういうことならいいかもしれない。
  • しかも散々お金を稼いでおきながら、それを1円も使うことなく非常に苦しい生活を送った場合、世間の人はそれを「成功」とは言わない傾向にあるように思う。これもおかしい気がするんだけど、まあ仮にこれを認めるとしたら、お金は使わなきゃいけない。かといって無駄に高い壷をだまされて買わされるような消費はやはり成功ではないだろう。だから自分が楽しくなるようなことにお金を使うべきということになりそうだ。
  • (未完成)

書く暇がないかもしれないのでとりあえず結論

  • したいことがどれだけできたか、したくないことをどれだけしないで済んだか。これこそがより現実に即した基準であると思う。

こめんと欄


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Last-modified: 2007-04-15 (日) 22:08:20 (5554d)