リセット症(?)

  • (by K, 2008.04.30)

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  • 僕は先日からある人のblogを楽しみに読んでいたんだけど、その人がここ数週間のうちにblogのサイトを二度も変えた(はてな→Feecle→fc2)。まあシステムが気に入らなかったのかもしれない。それならそれも納得がいく。
    • ここまで読んで僕が誰のことを言っているのか分かった人もいるかもしれないけれど、僕はその人への個人攻撃をしたいわけじゃないので、その人の名前をこめんと欄に書いたりしないこと。心当たりのある人が僕に反論したい場合は(もちろん反論は大歓迎)、是非名無しさんで書くこと。
  • しかし移転して数日のうちに移転前のブログを削除してしまった。これが僕にはものすごく愚かしい行動に思える。あーあ、やっちゃった・・・、という感じ。
  • それでふと思ったんだけど、こういう「過去の発言を積極的に消してしまう症」は何もこの人だけじゃなくて、今まで何度も見てきた気がする。だから僕はそれについて一般論としてそれがどんなに愚かなことかを書いてみたい。

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  • (0)に書いたことはきっかけでしかなく、以降は別の人(おそらく僕と同じくらいの年齢のあの人)を想定して書いてる。っていうか、若者を相手に以下のようなことは僕には書けない。まあ一般論だからリセット症の誰にでも当てはまっちゃうのかもしれないけど。
  • まずはそのホームページを何のために書いているのかっていうのがあると思う(もはやブログに限定してない)。ここが違っていたら僕の以下の話は全部成立しない。僕はきっと誰かに読んでもらうためなんだと思う。
  • もし自分の備忘録みたいなもののつもりだったらわざわざインターネット上で公開する必要はない。まあでもブログやwikiなどのインターフェースが気に入って、別に公開されてもいいようなことに限って備忘録にしているのかもしれない。・・・まあその場合、カウンタなんかついていても無視するはずだし、カウンタが多く回っていても喜んだりはしないだろう。
  • さて、誰かに読んでもらうことが目的だとしたら、なぜせっかく書いたものを消すんだろう。もちろん合理的な理由がある場合もある。たとえばサイトを維持するにはお金がかかるからもうやめた、とか。でも維持費がかかってなさそうなのに積極的に消す人がいる。それは何か残っていたら不都合があるんだろうか?失言があったのだろうか?でも失言ならそこだけ直せばいいと思う。全部消すほどのものなのか?
  • 放置していればコメント欄が荒らされるくらいの害はあるかもしれないけど、荒らされても何も失うわけじゃないし(削除するよりも被害が大きいなんて考えにくい)、それに荒らされることが理由なら荒らされてから消したって遅くはない。
  • 楽しく読んでいる読者の視点で考えてみる。それまで読めていたページがある日突然消える。まあ予告してくれる良心的な人もいるけど、それでも予告があったときに「なんでこのページを消さなきゃならないんだろう?」とは思う。消すってことは、覚えていてもらいたくはないという意思表示なんだろうか、じゃあ保存とかしないほうがいいのかな(著作者の意思は尊重するべきだから)、なんかさみしいなあ、読者の誰かに嫌がらせでも受けたから消すのかなあ、それとも僕たち読者のことが嫌いなのかなあ、それなら僕もあまり読まないことにしようかなあ、追いかけるのも面倒だし・・・。
  • 移転先に過去の内容をすべて移植してくれる人もたまにいる。こういう人は偉い。そこまでしてでも移転したかったんだな(もしくは管理を一元化したかった)と分かる。
  • 仮に過去のことを何も知らない読者が後から来てくれたとして、もし○○年より前の内容はこちらにありますって書いてあったらどうだろう。もしその読者が本当にそのホームページの内容が好きで、過去の記事がもっと読みたいと思うくらい気に入ってくれたら、それに応えることができる。なんていいことだろう。それに前から読んでいた人だって「そういえば前にいいこといったよなあ」って後から思い出しても、もはやその記事は残っていない。はたしてその発言があったかどうかも確認できない。あーあ。
  • 頻繁に移転されると自分のページからリンクするのも多分ためらわれる。だっていつリンク切れになるか分からない。URLが仮に変わらないとしても(もしくは移転先はこちらですをずっと残しておいてくれたとしても)、ページをリセットしてしまう癖があるのなら、やっぱりリンクできない。だってリンクしてもその内容が既になくなっているかもしれないから。こうしてみんなからリンクを敬遠されるページになり、読者にとってはまたしても不便だ。リンクのないインターネットなんて、便利さ半減だと思う。
  • 結局、過去のホームページを消すってことは、もちろん著作者なんだから当然の権利なんだけど、でも読者をあまり大事に思ってないというメッセージなんだと僕は感じる。・・・それが分かっていてもそれでも消したいっていう人はいるかもしれない、それならそれでいい。でも知らないでやっているんだったら、もう消すのはやめたほうがいいかもしれない。
  • ちなみに僕は徹底して消さない派。多少のコストがかかっても守っている。過去の失言が見つかったとしても多分消さない(お詫びの文章を併記する)。良くても悪くてもそれは僕の過去の発言であることにかわりはないのだし、たとえ失敗の記録だったとしてもそれは誰かが僕を理解するための何らかの手がかりにはなるはずだ(そんな「誰か」は存在しないかもしれないけど)。
  • 継続は力なりっていうけど、僕もこれはそうだと思う。もちろん継続してこまめに更新するのが一番だけど、何もしないでほうっておくだけでも内容が面白ければどんどん読者は増える(たとえば http://d.hatena.ne.jp/hariboteOS/ )。URLをコロコロ変えるとか、ましてや内容を削除してしまうなんていうのは、継続は力なりの正反対だと思う。たとえ面白い内容だったとしても読者激減だ・・・。
  • 何年も苦労してたくさんの失敗を得てついに正解を手に入れたとして、最後のその綺麗な結果だけを残したいと思うか、試行錯誤の記録も残したいと思うか、究極的にはそういう選択なのかもしれない。もしくは、人生において重要なのは結果だけでそれまでの手段や過程はどうでもいいと思うか(いやむしろノイズでしかないから早く消すべきだと思うか)、それとも手段や過程も含めて後に評価・批判されるべきだと思うか。
    • 綺麗な結果にまとめることを否定しているわけではない。だから別のところにまとめページを作ることはいいことだ。しかしだからといって、それまでの記録を消したほうがいいわけではないと思うのだ。

こめんと欄


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Last-modified: 2008-04-30 (水) 17:17:16 (5173d)