最高の思考力ゲーム

  • (by K, 2008.07.08)

(0)

  • 僕はオセロが最強の思考力ゲームだと思うのだ。

(1)

  • 世間ではスポーツとひとくくりにしてしまうけど、僕はたとえば短距離走や重量挙げは野球や柔道とは違うと思う。どう違うかというと、短距離走は単純かつ純粋に足の速さを競争しているし、重量挙げも重いものを持ち上げる能力だけを純粋に比較しているけど、野球や柔道はいろいろな要素があって、その総合力みたいなもので比較している競争だと思う。僕は総合力の競争よりは、単種目の競争のほうが分かりやすくて好きだ。
  • でもそういう単純な運動能力って、仮に歴史上の一番になっても、所詮は人間の中での一番に過ぎない。チーターのほうが足は速いし、ゾウのほうが力持ちだ。それに生物に限定しなければ、車やクレーンには勝てない(勝負にすらならない)。だから勝ってもそれほどすごくはない。
  • では他の動物や機械でも勝てないような、つまり人間が最強の分野で最強を決定するというのはどうだろう。僕はこれにはすごく興奮する。最強の人を無条件に尊敬するし、最強じゃなくてもトップクラスになるだけでもすごい(・・・といいつつ、僕はスポーツ選手でも尊敬してしまうので、僕が尊敬するかどうかはあまり基準になっていないんだけど)。
  • 人間が最強の分野といえば、それはもちろん思考力だ。囲碁や将棋なんかどうだろう。これらは、コンピュータでもまだ最強の人間には勝ててないし、マージャンやトランプのように運に左右されることはなく、相手の手の予想などの確率の入り込む余地もなく、強ければ強いほうが勝つ(もちろん体調とか調子とかはあるかもしれないけど、体調がよくないというのは要するに弱くなっているいうことだ)。うん、なかなかいい。

(2)

  • さてこの手のゲームはなにも囲碁や将棋だけではない。チェスも五目並べ(連珠)もオセロも該当する。どれもいいゲームだけど、思考力競争という観点でこのゲームの優劣を強引につけるとしよう。
  • まずルールが単純で例外が少ないものはいいゲームだと思う。もちろんルールを複雑にすればそれだけ難しいゲームにはなるだろう。だから思考力競争という目的にはそれでいいといえばいいのだけど、ルールを理解するのが難しくなれば、それだけ参加障壁は高くなって、弱いもの同士の比較は困難になる(ルールすら理解できなければ、そのものたちの間での思考力競争はできない)。それにゲームをまだ知らない人に、すぐに教えてすぐに勝負できたら、そのほうがいいじゃないか。
  • 次に、勝負がつくまでの最長時間が長すぎるのも考えものだ。一手に10分かけていいとして、500手以内に勝敗が決まるなら、最長でも83時間で終わるわけだ。でもこれが100手以内で終わるならもっといい。しかし早く終わりすぎるのも問題が無いわけではない。たとえば仮に1手で勝負を決められるゲームがあったとしよう。このゲームの場合、ほとんど思考力がなくても適当にルール上許される一手を指しさえすれば、いきなりそれで勝利になってしまう。つまりこれは、思考力競争としては正しくない結果なのだ。このような誤判定を完全になくすことはできないが、その確率を十分に下げるためには、やはりある程度の手数が必要だと思う。
  • またゲームの難易度を調節できたらもっといいと思う。たとえば人間なんて敵じゃなくなって、最後はすべてのゲームでスーパーコンピューターが最強になってしまうかもしれない。そうなったらそうなったでもう人間としては進化の遅さを嘆くしかないんだろうけど、でもそのときでもコンピュータ同士で優劣を決することができるようなゲームだったら本当にいいと思う。そのためには、ゲームの難易度を簡単に調節できればいい。
  • たとえば、囲碁の場合、盤の大きさを19x19の正規のものだけではなく、13x13や9x9で行うことがある。これは盤を小さくて試合時間を短くしている。これは囲碁での局所戦だけで勝敗が決してしまうわけだけど、でもこれでも強い人は強いし、弱い人は弱い。ただたぶん最強クラスの人だと、9x9なんて完全に読みきってしまって、お互いに最善手を打ち合って結果が変わらなくなってしまうと思う。これはゲームの複雑さが不足しているといえるわけで、その場合は13x13や19x19にすればいいわけだ。
  • そしてもし19x19でも容易にコンピュータに読みきられてしまうようになったら、コンピュータ同士の対決は23x23や29x29などにすればいいわけだ。こうすれば新たにゲームを考えたりルールを覚えなおす必要がない。
  • こうして考えると、将棋やチェスはこまの種類が多くて覚えるのが大変だし、ゲームの難易度の調節もやさしくない(将棋で7x7にするとしたら、初期配置はどうなるか自明じゃないので、ルールが増える)。その点囲碁やオセロは優れていると思う。五目並べの場合は、そもそも盤の広さという概念があるのかどうかが分からないのでなんともいえない。
  • そしてその中でも一番いいのは、やっぱりオセロなんじゃないだろうか(五目並べは勝負がつかない可能性がある気がする)。また単に勝ち負けだけではなく、点差で力量の差をある程度数値化できるのもいい。

(3)

  • ここまでに挙げたゲームは2人対戦型だけど、3人以上で対戦する思考ゲームももちろんある。でもそういうゲームは2人が協力して残りの一人を集中攻撃するなどの現象がおきたりするので、同列に比較するのは難しいと思う。
  • ではそういうマルチプレイ型のゲームで最強なのはなんなのかというと、僕は株取引とかだと思う。ルールは簡単だ。上がると思えば買え、下がると思えば売れ、どちらでもなければ様子見しろ。これだけ。ここまで簡単なゲームは他にはないと思う。しかも賞金は(もし必要なら)自動的に市場から出てくる。不当な買占め(高いときに買う)、不当な空売り(安いときに売る)なんてことをすれば、結局自分が損をする(ゲームに負ける)。そして安いときに買って高いときに売れば(=勝てば)市場の価格安定化にも寄与して、社会貢献にもなる。すごいじゃないかー。僕にはできないけど。

(4)

  • これは余談
  • そういえば、僕はかつて「逆オセロ」なるものを作ろうと思っていたんだった。長い間忙しくて忘れてた。
  • これは自分の作ったオセロゲームが強すぎて「もっと弱くしてよ」といわれて考え出したもの。ランダム打ちよりも格段に弱く、要するに思考ルーチンが「いかに自分の点数を減らすか」に特化している。つまり、これに負けられたら逆に天才的というほど弱い。読みきりルーチンは符号を反転するだけで使えそうなんだけど、読みきれない状況での盤面評価関数をどう作るべきかまだ見当もつかない。・・・こっちのほうが奥が深いゲームだったら笑えるなあと思って、研究して作ろうと思ったまま結局作ってない。

(5)

  • 囲碁の本質を損なうことなくルールを単純化した「純碁」なるものが存在することを知った。最後の埋め立てがめんどくさいけど、でもルールの単純化はすばらしい。しかしそれでもオセロのほうがまだずっと単純だと思う。

  • とある掲示板で、オセロは奥が深くない的な指摘をする人たちがいた。いわく、序盤は定石だし、終盤は読みきりなので、ある程度強い人なら強さが同じになってしまい、結局優劣は中盤の20手前後だけで決まるからというものだった。うーん、そこまで強いとそううなるのか。
  • そうなるとやっぱり10x10のオセロにしたらいいんじゃないかな。これなら全96手だ。仮に序盤の定石が20手になったとしても、さらに終盤読みきり力が20手あったとしても、優劣を競う中盤は56手もある。これなら問題はない気がする。
  • この手の議論を否定したがる人もいて、「じゃあ100x100なら面白くなるのか?いやこんなのは誰も先を見通せないから事実上の運ゲームになってしまう」と言っていた。僕はその見通しには賛成しかねる。
  • 8x8のオセロは9路盤の囲碁状態なので、いうなれば詰め碁を少し高級にしただけ、になっている可能性があると思う。だから基本的に全部読む感じだ。でもオセロを12x12や16x16、20x20とかにしたら、局所戦みたいな違った戦略などが出てきて、そしてそれ以降は100x100にしても基本的な戦略は増えないということがあるかもしれない(少なくとも囲碁では99x99とかにしても現在の戦術以上のものが出てくるような気はしない・・・試合時間は長くなるけど)(まあ8x8のオセロでも辺や隅の戦略みたいに、既に局地戦っぽい部分もあるけど)。

こめんと欄


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Last-modified: 2008-07-08 (火) 21:34:15 (5101d)