OSC2008島根

  • (by K, 2008.09.16)

(1)

  • 行きの飛行機は満席で、しかも単なる満席ではなく次便でもいいという協力者を募るレベルに。
    • これに応じると、謝礼金として1万円がもらえる。
    • ちなみに最終便でこの要請を受けた場合は翌日の移動になるが、その場合は謝礼金が2万円になる上に、宿泊費相当の費用が出るらしい。
  • 飛行機はエアバス社のA300R-600だったかな。
  • これに対して帰りの飛行機は、MD-81という聞いたことのない機種だった。最大で150人くらいの乗客が乗れるらしい。ジェット機であるが、エンジンは前の羽の下ではなく、後ろに2つついていた。入り口がコックピットにとても近くて、乗り込むときにコックピットが見える。これはおもしろい。

(2)

  • 松江テルサはとても駅に近い。これはいい。会場はとてもきれいだった。ボランティア(?)スタッフが非常に多い。聞いてみたら50人くらいはいるとのこと。すごい。でもお客さんもすごい。金曜日は開始10分後に既に配布用プログラムが不足。
  • 金曜日は主にセミナーを聞いた。ITの高等教育のためには、最新の便利な環境を教えるだけでは適切ではなく(つまりGUIだけではだめ)、たとえばコンソールやviなどの使い方にも言及するべきだという説はとても感銘を受けた。またそれを教える際に、昔はマウスなんていう便利なものがなかったから少ないキーでうまく操作できるようにとこういう設計になったんだ、という説明方法があるという提案にもとても感心した。さすがだ。
  • 金曜日は県知事さんや市長さんが来ていた。うーん、こういう展開は初めてだ。懇親会などで直接話をした人から聞いた印象では、全く何も分からないでITを町おこしに利用しようとしているような感じではなく、(何も知らない普通のおじさんと比べれば)十分な知識を持っているらしかった。知事という仕事はIT産業の育成だけやっていればいいわけじゃない。その多忙さの中でそこまで勉強してくれているというのは、やっぱりOSCに来るだけのことはあるんだなと思った。
  • 懇親会では参加証が不足するほど人が増えて、これはもしや食べ物が不足するのではないかと勝手に心配になった(立食バイキング方式)。しかし食べ物は十分に用意されていて、僕がおなか一杯になるまで食べてもなくならなかった。そしてそれ以降ももったいないので僕はたくさん食べた。ごちそうさまでした。きっとまた体重が増えただろうな。ジュースやお茶も十分にあって、お酒をほとんど飲まない僕でもとても満足できた。
  • そうそう懇親会では、知事さんのご好意(?)で、安来節のステージもあった。これほんとにOSCなの?って思えるほどの展開。民謡や踊りなどを披露してくれた。どじょうすくいとかもあった。踊りや歌が面白いかどうかは詳しくないので僕にはなんとも言えないけど、でもとにかくなにがなんでも歓迎しようと気持ちは良く分かったし、それはとてもうれしいことだ。
  • 配布資料の中には、いつもの各種パンフレットのほかに、地元の観光名所のガイドやお食事どころが80店くらい紹介してある冊子なども入っていた。文化的な観光施設への団体割引適用券までたくさん入っていた(一人でも団体割引になって20%くらい安くなる)。これは3日目の観光で非常に重宝した。これはすごくいい。いつも僕は一人観光しなければいけなくなったときには本屋さんに行ってガイドブックを探すわけだけど、その手間が要らない。ガイドブック代や割引のことを考えると、僕にとっては2千円くらいの価値があった。他の開催地でもこういうことしてくれるようになったらいいな(もちろんこのページにそんなこと書いても誰も読まないので、アンケート用紙に書いておいた)。
  • メディアフロントの小松さんとOSASKで超有名なnisiさんにも会えた。わざわざ広島から来ていただいてありがとうございます!というか、小松さんはいらっしゃるらしいことをOSC-MLに投稿してくださっていたので、かねてから渡したいと思っていた「川合賞マグカップ」を準備してきた。無事に進呈。nisiさんにも缶バッチやカオちゃんシールを。

(3)

  • 土曜日は展示メイン。お客さんはまあまあ来てくれた。興味を持ってくれた人もいた。かつて民間企業で通信組み込み機器用のOSを書いて、さらに早期退社後に日本中を旅してさらに8年間も高野山で修行をして結界を張れるという面白い人が来て、うちのブースにおまじないをかけてくれたりもした。変わった人だけど、とてもいい人だった。大吉のおみくじまでもらった。
  • 商業高校の高校生が地域の特産品を販売するホームページを学校のカリキュラムの一環で構築したらしく、制服姿でブースを運営していた。厳密な意味ではオープンソースとは関係ないんだろうけど、でもそこは宮原さんたちの包容力で、歓迎されていた。実にいいことだ。でもOSASKには興味がないらしく、うちのブースには遊びに来てくれなかった。それはちょっと残念。
  • まつもとさんがブースに遊びに来てくれた。やっぱり超かんげき!やっぱりいい人だなあ。
  • 土曜日の宿泊先は、北海道LOCALのみなさんと同じところだった。これはびっくり。そしてなぜか僕が一番安い部屋(3,900-)。予約する時期が良かったのかな?
  • この夜に打ち上げ懇親会があった。北海道はペキンになれて、沖縄がナンキンになれるという新説が飛び出した(これはその場にいた人しか分からないネタ)。
  • また北海道の人たちは、僕がセミナーでどういう話をしてほしいと思っているのかを教えてくれた。なるほど、僕には技術的なことではなく、もっと若い人向けの教育的なことを期待されていたらしい。まあ教育とはいっても、訓話めいたものじゃなくて、僕のたどって来た道を単に紹介すればいいんだとは思った(そのほうが分かりやすいし客観的だし面白いだろう)。これについては後述。→ (6)

(4)

  • 最終日は観光。当初、松江城と出雲大社の両方を見るというプランを検討したけど、出雲大社は出雲空港から遠いので移動時間のロスが大きそうで断念。松江駅付近の文化施設のフルコース作戦にした(まあフルコースとはいっても全部制覇したわけじゃないけど)。書き忘れたけど、今回はオプショナルツアーがなかったのでこうなった。
  • ちなみに途中で、佐貫さんやびぎねっとの人たちが一緒になって観光していたことを発見!うーむ、それならそうといってくれれば同行したのに・・・。まあ、一人旅モードも慣れてきたし、失敗を恐れずに冒険できるからいいかな。
  • 結局観たところは次の通り:
    • お堀めぐり(のべ2周)、松江城、松江城の隣の資料館、小泉八雲の資料館、小泉八雲の旧宅、武家屋敷
  • どれも相当じっくり見た。お堀めぐりを2周したのは、見学地域までの移動の足代わりにしたせいで(だって一日乗船券なんだもん)、そしてお昼を食べるために見学地域から駅周辺まで戻ったせいである。2周すると本当によく見られる(半周ずつ4回乗船)。船頭さんの違いも楽しめる(一度は珍しいらしい女性船頭さんだった)。
  • お昼は名物らしいおそば・・・にしようと思ったけど、ガイドブックによると、「お昼かにまま」なるボリュームいっぱいのランチメニューがある「博多」というお店に強くひきつけられたのでここに。オーダーして感動した。かにの身とかに味噌がいっぱいのごはんに、お刺身の盛り合わせ、茶碗蒸し、おしんこ、白身の魚のてんぷら、ごはんをお茶漬けにして食べたい人用のダシのよく出てているおいしいお茶、そして大きなカレイ。あれ、まだなんかあったような気もするな。とにかくこれで1,050円。旅行先では容赦なく食べる僕でも、しかも朝ごはんはたまたま少なめだったにもかかわらず、これはおなか一杯になった。というか、食べている最中、「これはもしや2千円なんじゃないか」と心配になった。というか2千円だとしてもこれは安いと思う。姉妹メニューの「お昼うにまま」なるものもすごく興味がわいた(たぶんご飯が違うだけだとは思うけど、次回はこれを食べたい)。もちろん1,050円だった。満足度max。これぜったい普通のディナーコースよりたくさんあるよ。
  • うーん、まつもとさんたちは、食べようと思えばこれがいつでも千円で食べられるのか・・・。島根いいかも。
  • 島根でびっくりしたこと。あまり人が多くないかも??人口密度が低くてゆったりしているのかな。そして橋の下や駅の隅を覗いてみても、ホームレスの人たちが全くいないこと。いたかもしれない形跡すらない。こんなのは初めてかもしれない。なぜなんだろう、分からない。不思議。
  • そうだ感動したこともある。実は僕は島根に来るまで小泉八雲氏について何も知らなかった。小泉って、昔の総理大臣の血縁者?なんて本気で思ったくらいだ。でも、ガイドブックを読むうちに大雑把なところはわかって、見学してよく分かった。それで一つ感動したことがあって、それは僕が見学をしているときに見た青年である。彼はかなりまじめに見学していた。多くの人がそれなりの速度で見学を終えてしまう中で、僕はいつもたくさんの人に追い抜かれるわけだけど、彼の見学の熱心さは僕の比じゃない。説明を読んで、ビデオとかも見られるものは全部見て、その上で展示物を食い入るように見る。彼はきっと多くを学んだだろう。その姿勢は見ていてとても気持ちがいい。しかもそういう見学者は彼だけではなかった。他の施設だったかもしれないけど、とにかく大学生くらいの年齢の女性が熱心に見ていた。彼女にも感激した。そういう女性をもう一人見かけた気がするけど、もしかしたら僕が同じ人を二度見ているだけかもしれない(顔や服装を覚えられるほどじろじろ見ていたわけではないので)。
  • これって島根県の人なのかな。それとも隣県の人なのかな。なんにせよ、立派だなあと思った。
  • 前日の打ち上げ懇親会で夜遅くまで起きていた上に、宿名物の温泉お風呂を楽しんだせいで(まあめんどくさかったのでシャワーだけど、でも温泉の感じは十分にした)、実は激しく寝不足。だから途中日陰で30分くらい寝たりした。それでも実は時間が余った。それでさっさと出雲空港に移動して、何かおいしいものでも食べようかなと思った(空港についてしまえば、連絡バスのための時間の余裕などは気にしないで時間を使える)。しかし悲しいかな、バス停に着いたらバスは出発した直後。次は2時間後。って、それは最初からそれで空港に行こうと思ったバスだった。
  • しょうがないので、駅で一番近い駅までの切符を買い、ホームに出てみた。どんな電車が来るのかなーと思ったので。おお、これは田舎だ。風情がある。一番びっくりしたのは「特急スーパーおき○○号」で、特急でしかも「スーパー」なくせに(まあなにがスーパーなのか僕には分からないけど)2両編成だったこと。なんかこういうのは好きだ。そういえば新潟観光したときの駅も風情があってよかったなあ(それの駅はもちろん新潟駅ではない)。
  • それでまたベンチで少し寝て、出雲空港へ。バス内でうとうとして気がつくと、しんじ湖の夕日が目の前に展開。そう、しんじ湖の夕日は非常に美しいことで有名なのだ。遊覧船で見ようかと思ったけど、飛行機の時間が微妙だから見送ったのだ。これはきれいだ。うーん、これが見られるなら2時間前のバスに乗れなかったのは悪くなかったかもしれない。
  • おみやげに、松葉かにせんべいと大黒様と因幡の白兎まんじゅうのどちらを買うかで悩む。今思えば両方買えばよかったような気がしないでもないが、まあとりあえず日持ちしそうなせんべいを選択。もちろんおいしいんだけど、まんじゅうがどんな味だったのかいまさら気になる・・・。

(5)

  • 家に帰ってから、木村さんに教えてもらったFROGMAN氏の「鷹の爪」をみた。なるほどこれはおもしろい。

(6)

  • 以下いつか使うかもしれないメモ:
  • WindowsもLinuxも便利でいいけど、速くて小さいOSが選択肢としてあってもいいじゃないか。僕にはOSASKがOS界のナンバーワンになって・・・みたいな話には興味がない。

  • (以下よろしくない訓話風)
  • 近年はGoogleなどを活用すれば分からないことをすぐ調べることが出来るようになった。でもちょっと待って。調べる前に自分で考えているか?調べるのは答えあわせであるべきでは?そうでないとコンピュータでも出来ることしかできない人間になってしまうのでは???

  • 人類は道具や技術の進歩によって、一人当たりの生産量を大幅に向上させてきた。今や優秀な一社の生産力は、世界のほとんどすべての人の需要を満たせるのかもしれない。そうだとすればナンバーワン企業が受注のほとんどを持っていく。まあナンバーワン企業が忙しいときやトラブルを抱えているときにはナンバーツーにも仕事はあるかもしれない。そんな感じでトップテンくらいまでは最終的に何とかやっていけるかもしれないけど、それ以下では多分仕事はほとんどない。もしかしたらまだ今はあるかもしれないけど、将来は分からない。
  • オリンピックもメダルを取るかどうかで世間の評価はかなり違っているようだけど、これと状況は似ているかもしれない。
  • そしてそのトップテン企業の中はどうなっているかというと、本当に優秀な人がその会社を支えている。そうではない取替え可能な人たちに分類されると、待遇はそれほどはよくないし(そんなところにコストをかける理由がない)、日々相当に努力しなければいけないだろう。
  • 自問してみよう、あなたはそういう競争に打ち勝てるほど優秀なのか。もし優秀であれば、もう何も心配することはない、やりたいことをやりたいようにやればいい。それで何の問題もない。もちろんここでいう優秀であるというのは、平均よりいいというレベルの話じゃない。トップテン級じゃないとダメだ。極端な言い方をすればトップテンに入らないのなら、200位でも1万位でも大差ないだろう。これは学校の受験などで、ボーダーラインを超えなければ結局40点でも0点でも不合格に変わりはないというのと似ていると思う。残念ながら多くの人はトップテン級ではないと思う。もちろん僕だってトップテン級じゃない。というかもしかしたら平均すら超えてない。
  • では、そういう僕たちはどうすればいいだろう。ほとんどない仕事を取り合って苦労する未来しかないのか。それとも優秀な人たちに追いつくために、優秀な人たちの何倍も働いて時間でカバーするのか。つまりがんばればいいのか。そうとも、僕は両親や学校ではそんな感じのことを教えられてきた気がする(除:大学教育)。しかしオリンピック選手を見ても分かるように、彼らだって簡単にメダルを取っているわけじゃない。毎日たくさん練習をしているのだ。もし僕が彼らの3倍も4倍もがんばらないと差がどんどん開いてしまうとしたら、僕にそれだけがんばれというのか。彼らが1日もし9時間練習しているとしたら、僕には27時間以上練習しろというのか。それじゃあまずは練習じゃなくてタイムマシンの開発が必要じゃないか、だって24時間以上はどうやってもできないんだから。
  • だから僕は言いたい。差が圧倒的であれば、そういう優秀な人の真似なんかしないほうがいい。才能があるのなら差が縮まっていってやがては追いついて追い越せるのかもしれないが、ある程度やってみてダメそうだと思ったら他のやり方を検討しないとダメだ。自分の限界をわきまえないで続けたければそれでもいいけど、でも成果が出なくても嘆くべきじゃない。
  • 結局僕たちはナンバーワンを目指すしかないんだ。でもみんながもうやっていて優秀な人が待っている世界はだめだ。勝ち目がない。誰もいない新転地がいい。誰もライバルがいなければ何をやってもナンバーワンだ。・・・しかしこの方法だって万能じゃない。そのうち後ろから追いかけられるのは目に見えている。よほどこの分野に適性があれば追いつかれる心配はないかもしれないが、そうでなければ追いつかれて追い抜かれる。
  • だからみんながまだ価値を認めていない世界へ行こう。新しいことを始めたら周の人からおせっかいな「アドバイス」を受けるだろう。そんなの価値がないからやめろとか、どうせうまくいかないとか、そういうことだ。でもそういう逆風は、この分野の選択をするライバルが将来にわたって出にくいという保証でもある。つまり、その分野は当ればかなり安泰なのだ。その選択はいいセンスなのだ。
  • 自分が本当に好きなことをしよう。嫌いなことなら周囲の人の批判でくじけてしまうかもしれない。お金になるかならないかなんてとりあえずどうでもいいじゃないか。むしろお金にならなさそうなことのほうが、ライバルの参入が遅れて有利だ。自分にとって本当に必要(もしくは面白い)なら、きっと同じように感じる人が少しはいるだろう。だからそういう人だけを相手に商売すればいいんだ。1万人に一人しかいないようなマイナーなものでも、1億人の日本の中には1万人もいるのだ。万人に受けるものなんてそう簡単にできるわけがないじゃないか。生計が成り立たなければそれでもいいじゃないか。好きなことを一生懸命にやって、それで死んでしまってもそれは悪くない人生だ。もしくはつらい仕事の合間に将来を夢みて好きなことをしてもいい。好きなことを全くしないで、ただみんなと同じような仕事だけを苦しんでやるだけの人生のどこがいい?
  • そうとも仮に死んでしまっても、自分の死後100年経ったら評価は変わっているのかもしれない。それだってかっこいいじゃないか。平凡で何のとりえも工夫もない人に自分のやっていることをバカにされたら、心の中で思えばいい「あんたは成功の可能性すらないさ」と、「100年後に名前が残る可能性が高いのはどちらだろうな」と。

  • 自分が無知であることを恥じる必要はない。それは武器になることがある。一度世間が正解だと思っているものを知ってしまうと、それがあまりにももっともらしいために、新しいよりよい方法を思いつけなくなる。だから必要もないのに何でもかんでも学んで知識を集めるのは危険だ。むしろ考える習慣が必要だと思う。考え方だって人のまねをすることはない。もし自分が人とは違う感性を持って変なことばかり考えているのなら、それは大事にしたほうがいい。
  • たぶん、あなたはあなたが思っているよりは価値も可能性もある。

  • 人と違うことをすると、たいてい周囲から嫌がられる。でもそれは迷惑をかけているわけじゃないから、やがては嫌われなくなる。逆に言うと、迷惑は絶対にかけてはいけない。理解できないことをしている迷惑者であれば、容赦なく弾圧されてしまう。ただでさえ苦しくて、周囲の助けがほしいくらいなのだから、周囲の反感を買うようなことはしてはいけない。相手の言い分に反論するのではなく、あなたの考えは正しい、でも私の考えも正しい、お互いに迷惑ならないように共存しよう、という方向を目指すべきだ。そうすれば、「あいつは変わっているけど根は悪いやつじゃない」というステータスを獲得できるだろう。

  • 賛同してくれる人がいたら、大切にしよう。

  • 自分から宣伝するのはやめよう。自分で宣伝するとたいてい背伸びして本物以上のことを言ってしまったり、相手の要望を反映させようとしてしまう。そうすると、本当にやりたかった事からずれ始める。ただでさえ新しくて理解しにくい謎のものなのに、特徴が明確でないよく分からない何かになってしまったらもうダメだ。そういうことは純粋なものが出来てからでも遅くはない。・・・自分で宣伝しなくても、賛同してくれる人がきっとみんなに告知してくれる。頼まなくてもしてくれる。気にいった人が自慢げに知人に紹介すれば、誰だって心を動かされる。自分で押し付け気味に叩き売るのとは全然違う。最初は数は少しかもしれないけど、でもいいお客さんばかり来る。そしてやがては人が人を呼び、数も増える。

  • 連絡先を変えてはいけない。賛同者が紹介してくれても、紹介先がなくなっていたら、どうだろう。きっとあきらめてしまうだろう。リピーターだってがっかりだ。やむをえない移転はあるだろうけど、それでも回数は減らすように努力するべきだし、移転前の場所からでも新しい連絡先が分かるように工夫するべきだと思う。

  • やる気がなくなっても、やめる必要はない。絶対に50年後も再開しないというのならやめたと宣言してもいいかもしれないが、また再開するかもしれない可能性があるのならそのままにしておくべきだ。そうすれば、興味を持った人がまた来るし、それがきっかけで新しい方針が決まることもある。

  • 他人の協力を当てにしてはいけない、強要してもいけない。他人の協力がないと達成できないこと(たとえばアクセス数とか、売上とか)は、目標にはしない。流行とかも関係ない、そんなものを超越したところを目指さないといけない。

  • 求めると得られない。求めないと得られる。たとえば有名になりたいと思えば有名になれるか、いやちがう、何をしたかで有名になるかどうかは決まるんだ。そしてウケようと思ってウケが取れるのは落語家にだって簡単なことじゃない。こうすればウケるだろうというのは、手抜きにつながる(ウケると思うところばかりやる)。もちろんその読みが当っていればそれでいいが、そんな才能があれば苦労しない。とにかく自分が入魂できることを手抜きをせずに丁寧に徹底的にやるしかない。それがよければいつか注目される。それだけのことだ。そうしているうちに予期せぬ部分をほめられたりするものだ。OSASKだって最初は小ささを目標にはしていなかった。

  • 天才のまねをする必要はない。努力家のまねをする必要もない。そうじゃなくて平凡な人が幸運だけでは説明できない成功をした事例を探して真似するべきだ。世間一般の偉人伝なんてほとんど参考にならない。でも新しいことをした人は参考になる。たとえば、イチロー選手や松井選手の体験談は僕たち凡人には役に立たない。役に立つのはまだ日本に野球がなかった頃、野球の面白さに引かれて率先して遊び始めた人たちの回顧録などである。彼らはしばらくの間は一流選手として活躍できたはずだ、才能がなくても(失礼な書き方ですみません)。

  • もっと危機感を持て。やけっぱちになれ。変なことを始めるのには少しの勇気がいるが、それを始められないのは「自分はこんなことまでしなきゃいけないほど落ちぶれたのか」という無意味なプライドのせいだ。そうとも、落ちぶれているのだ。もしくは今はまだそこまで落ちぶれていなくても、やがてはそこまで行くから前もって準備しているのだ。他人の目なんて気にしちゃいけない。失敗が怖いのか。でも挑戦しなければ最初から失敗だ。それが分かっているのか。

  • とにかく継続。成功するまでやめなければ、失敗はない。まあ、原理的に不可能なテーマだと分かったら、早く見切ってしまうことも大切ではあるが。世間があなたのことを知って興味を持ってくれるまでには数年はかかるのが普通。そうやって興味を持ってくれた頃には別のことに完全に切り替わっているようでは、もうどうしようもない。

  • とにかく節約して安く暮らす。お金の使用量を半分にするのは、収入が二倍になるのと同じなのだ。収入を二倍にするのはとても困難だけど、質素にして半分に節約することはそれよりはずっと簡単である。

  • 自分のいいたいことを言うだけで最後まで聞いてくれるのは友達か、お金で雇われた部下くらいなものだ。相手の聞きたいことを言わなければ。もちろんお世辞や軽口を叩けというわけではなくて、相手が何のために話を聞いているのか意識せよということ。

  • 短所の克服よりも、まずは長所を伸ばすほうがいいかも。一通りのことを人並みに出来ることよりも、たった一つだけのことをトップテン級にできることのほうが、比べられないほどの価値がある。

  • きついライセンスなどで自分の権利を守るといいと思うかもしれない。自分だけが持っているノウハウは外に出さないほうがいいと思うかもしれない。ライバルが出始めたら小さいうちに邪魔して転ばせたほうがいいと思うかもしれない。それでうまく行く場合もあるのかもしれないが、実は正反対のことをしてもうまくいく。ゆるいライセンスにして、ノウハウは後輩に積極的に教えてしまい、追いかけるものを応援する。一見するとせっかく自分が見つけた分野を放棄しかねないやり方だが、こうするとなぜか後輩たちは多大な恩を感じるらしく、つぶしにはこなくなる。また恩返しだとばかりにより発展させた技術を教えてくれることもある。・・・また、このように何もかもオープンなやり方は、周囲から見てもとても危なっかしく見えるらしい。そうすると、みんなやたらと好意的にしてくれる。もしかしたらライバルが出たら代わりに攻撃してくれるのかもしれない。結果的にそれほど苦労せずに続けていくことができる。・・・むろん、何もあてには出来ないが。

  • 自分には○○ができます!みたいなアピールはほとんどしない。むしろ、自分は基本的になにも出来ません、くらいの立場を取る。実はこれは自分で自分のことを無能だと自覚しているので率直なところを正直に言っているだけなのだが、まぐれでいい作品が出来たりすると、周囲は「なんだ謙遜だったのか」と勘違いして、有能だと思ってくれる。しかも逆にどこまで出来るのかがわからないゆえに、底知れぬ尊敬をされてしまうこともある。何か仕事を頼まれたときに、「そ、そんなことはたぶんできません」とかいっても、「またまたー、じゃあ出来なかったら出来なくてもいいよ、とにかくやってみてよ」とかいう破格の条件で依頼されて、それでプレッシャーなくベストを尽くすとほんとうにできちゃったりする。

  • 格差社会を前向きに解決するにはこれしかないと思う。みんな新しいことを探せばいいんだ。それなのに既にうまくいっている人を見てうらやみ、それをまねしようとする。そんな新規参入の余地の小さい競争過多のところを目指してどうする。それで勝ち目があると思っているのか。みんながダイエットするなら、世界一の肥満を目指すとか、肥満なのに健康な方法を研究するとか、なんかそういうことをやるのだ。同じ方法を向いてはいけない。テーマは山ほどある。そういうのをいくつかやれば、そのうちうまくいくかもしれない。うまくいかなくても、何もしないで人と同じことをするよりはマシだ。少なくとも、挑戦して失敗したことは他の人の参考になる。

こめんと欄


コメントお名前NameLink

リロード   新規 編集 差分 添付   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-09-16 (火) 15:39:28 (5031d)