OSASK-WikiのKの落書きの過去ログ

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僕を尊敬しないでください

  • (2004.09.21)
  • 最近とても困ったことが起きています。どうも僕を尊敬してしまっている人がいるようなのです。
  • ああそうですとも、僕は若い人たちに言っているのです。なんで僕なんか尊敬しますか。僕のようになりたいのなら誰にもでもなれます。
  • そもそもですよ、僕の小学校・中学校時代は、パソコンができることなんてなんの自慢にもならなかったんですよ(珍しがられることはあったかもしれないけど)。よっぽどファミコンのゲームがうまくできるほうが、友達は増やしやすかったくらいです。プログラムができたってちっともかっこよくないし、むしろ部屋にこもってああでもないこうでもないなんてやっているんですから、変人だと思われるくらいです。パソコンができてもそれだけで給料がもらえることなんてまずないと思われていた時代です。
  • 僕はどんなにバカにされても気にしない性格だったので、そして好きなことは飽きるまでやらないと気がすまなかったので、ずっとやっていただけです。そしてたまたま世間がITばんざいになって、気がついたら他の人にはあまり作れないような特殊なプログラム(ようするに小さくて速いプログラム)を作る能力が自分にはあったというだけです。ちなみに僕はITが世間に認められても認められなくても同じ事をしていたと思います。
  • だからもし僕のようになりたいと本気で思うのなら、人の評価なんて気にしないでやりたいことをやればいいんです。それだけです。
  • それなのに、どうして僕に向かって、有名になるにはどうしたらいいかとか、一流のプログラマになりたいんだけどどうしたらいいのかとか、そんなことを聞きますかね。そんなこと僕に分かるわけないですよ。だって気がついたら今のようになっていたんですから。有名とか一流なんて、おもいっきり人の評価だと思います。そんなものを気にしているようでは少なくとも僕のようにはならないでしょう。まあ僕のようにならないほうがいい人生のような気はしますが。ちなみに今でも僕は他人からの評価はどうでもいいと思っています。みんなに嫌われてでも(=社会的な評判を落としてでも)、やりたいことがあればそれをやります。
  • 僕は自分の経験から言って、みんながやっていることややっていても白い目で見られないこと(たとえば現在のプログラミング)をやるような人に、助言できることは何もありません。むしろすごく好きなことがあって、でもみんなに反対されて、それでもとにかくやりたいんだ、という人にはいくらでも励ましの言葉をかけてあげたいです。たとえそれが僕の興味の無いことであっても、です(もちろん悪いことはダメですよ)。
  • 和製OSの人たちの中で尊敬するなら、たとえばひげぽんさんやベイサイドさんのような、仕事をしながら趣味でもプログラミングをする、みたいな人を尊敬すべきだと、僕は思います。僕のように定職を持たないで朝から晩までプログラミングだけをやっていればいいような生活をしていれば、成果が出てあたりまえであって、少なくとも人間的に尊敬に値するところはありません。なにしろ、僕よりもはるかに尊敬するべき人は世の中にたくさんいます。ちょっと周囲を見回してみてください。
  • ついでにいうと、よいこのみんなは僕のまねはしないでください。僕のまねをして僕のようになれる保証は何もありません。そもそも僕だって、好きなプログラムを大量に書いても、それがすべて世間から見れば駄作になるかもしれないと思っていたのです。だってちゃんとしたプログラミングの勉強なんてしていないし、プログラミングについて誰にも教えてもらってないし(そりゃ図書館の本やwebはみましたが)、そんな状態で良作のプログラムができるだろうと思うほうがどうかしています。僕は運がよかっただけなのです(でも僕はそれを特に幸運だとは思っていない、だって別に世間に見ての良作が作りたかったわけじゃなくて、自分の作りたいものが作れればそれで満足だったから)。
  • 僕のようなプログラマになるためではなくて、自分で考えて偶然僕と同じ事をしていたというならそれは問題ないと思います。それこそ仲間(笑)。
  • もちろん、プログラミングのテクニック的なことを僕に質問するのはいいと思います(他の人でも容易に答えられそうな質問は控えめにしてほしいですが)。たとえばFATのフォーマットがどうもよく分からないとか、TOWNSのハードウェアで○○をやりたいんだけどどのI/Oポートをたたけばいいのかとか、そういうのは僕でも答えられますからね。
  • これは困る質問というわけではないのですが、こういうのも困ります。「だってこれはKもやっていることだからいいことに違いない」とかいうやつです。なんで僕がやるといいことになるんですか。というか僕はいいことしかしてないなんて、いったいどうしてそんなおかしな考えをもつようになったんですか。そういう尊敬の仕方は、たとえ対象が僕でなくても最悪だと思います。
  • いいことをしたから尊敬に値するのであって、尊敬に値するからやったことがすべて正当化されるわけではないのです。だから「誰が」したか、ではなく「何を」したか、で物事の善悪を判断できるようになってください。
  • これの類似のバージョンとして、「だってKがやりなさいっていったもん」も最低だと思います。僕が言ったから正しいのではなくて、僕から言われたことがきっかけで、自分でも考えてみてそうだと思うからやるのです。だって○○が言ったから、というのは、責任転嫁と「自分には人間としての判断力がないんです」といっているようなもので、きわめて人間として恥ずかしいものです。そういうことを言う人に、僕からできるアドバイスは一切ありません。質問しないでください(=僕はあなたの人生の責任の一部を引き受ける気は全くない)。僕は自分で考える人に、考えるきっかけを与えられるだけです。
  • なぜそんなことをするとかと問われたら、自分がどうしてそうすることを選んだのか、そのときに考えた理由を言うべきです。その内容は誰かのアドバイスの受け売りであっても構いませんが、是非自分の言葉でいってください。引用するようであれば、僕はその人に失望します。
  • 以上の話の流れから十分に察しているとは思いますが、僕が何かアドバイスをしたとしても、気に入らなければ無視してくださって結構です。世の中には、せっかくアドバイスしたのに反映されなくて残念だとかいう人もいるようですが、僕に限ればそんなことはありません。むしろ鵜呑みのされるほうがよっぽど不安になって(ちゃんと自分で考えているのだろうかと)、以後その人にアドバイスする気がなくなります。せっかく意見をもらったから少しは反映しないと申し訳ないとか、そういうくだらない考えはおこさないでください。自分で考えた結論を純粋に実行するべきです。

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Last-modified: 2006-02-16 (木) 18:00:01 (5974d)