* 2016年07月
-(by [[K]], 2016.07.11)

** 2016年07月11日(月) #00 再起動
-タグ: #雑談
-僕はWikiとかblogとかを分散させすぎて、どれも薄まってしまったように思う。これはよくない。
-いろんな話題が混ざっていたら、「いや、そんなの興味ないし」って思うかなと思って、話題ごとに書くところを分けていたけど、そんなことをしたら結局、どこも更新頻度が下がるだけで、結局どれも見なくなってしまう。それじゃあかえって不便だろう。・・・読みたい人がそんなにいるとは思っていないけど、とにかく読む人に不便を強いるのはよくない。
-ということで、原則として今後はここに統一する(例外はある)。そんでもって、更新頻度も最終更新日から10日以上あけないように「努力する」。

** 2016年07月11日(月) #01 中途半端になるくらいなら・・・
-タグ:#発想方法
-僕は中途半端なことをやるくらいなら何もしないほうがましだ、という考え方をすることがある。
-たとえば何か文章を書いていて、でも書いてみたら結局何が言いたいのかよくわからない文章になってしまった。手直ししてみたけど、あまりよくならない。そういう時は、捨てる。全部捨てる。もったいない気もするけど捨てる。まあ捨てると言っても、後日再開できる程度のメモを残してためておくだけだけど。
-会社の会議とかでも、短時間で切れのいい意見が出ないと、「そもそもこの目標設定がおかしかったんじゃないか」と心ひそかに疑い始める。そう思うことは時々だけどある。でも言わない。それくらいの分別はある。
--そして最終的に、なるほど簡単にあきらめないほうが良かったんだなあ、と思う結果になることはある。・・・やっぱりあきらめた方がよかったなと思うこともある。

** 2016年07月11日(月) #02 C言語の理不尽なところ
-タグ: #oss, #essen, #プログラミング言語
-最近はプログラミング言語を作っている。
--http://khfdpl.osask.jp/wiki/?Essen
-これがなかなかいい感じ。
-何がどういい感じなのかというと、「演算子」を拡張して定義することに成功していて、「名前の後に(...)を付けて呼び出すのが関数」「名前に(...)が付いていなくても文脈のパターンが一致したら呼び出されるのが演算子」ということになった。
-Essenでは、セミコロンもforもgotoもみんな演算子。もちろん加減乗除も演算子。ifは関数。
-今はEssenでいかにしてC言語の真似をするかを探求しているわけだけど、それでC言語のfor構文がかなり理不尽だと感じた。
 for (i = 0; i < 10; i++) { ... }
-なぜfor構文だけ、カッコの中にセミコロンがあるのか。そんな構文はC言語の他の構文には一切出てこない。この例外的な構文が、すごくめんどくさい。・・・それでも真似はできそうだから、まあいいんだけど。

** 2016年07月11日(月) #03 今後の出没予定など
-タグ: #オフライン
-ここにくれば川合に会えます的な情報です。

-(1) セキュリティキャンプ全国大会2016
--https://www.ipa.go.jp/jinzai/camp/2016/zenkoku2016_jikanwari.html
--ここの「DAY3 8/11(木)」の「3・4・5-E システムに新機能を追加したときのセキュリティを考えよう」で講義をします。
-(2) 自作OSもくもく会#3
--2016年09月11日 13:00~19:00
--日時や名前は仮です。
-(3) 第2回 HDP発表会
--日時は未定です。
--http://hdp.osask.jp/?thm0003

** 2016年07月11日(月) #04 どうして投票をおすすめされるのかな?
-タグ: #社会

-選挙で「投票に行きましょう」ってよく言われることだけど、どうしてそんなに投票をおすすめされるのかな?ブラジルでは投票は義務らしくて、投票に行かないとそれなりのペナルティもあるらしい。
-なんでこんなことを考えたのかというと、僕以外の人が投票に行けば当然僕の票は薄まってしまうわけで、だから投票すると決めている人からすれば、他人が投票に行くのはあまり好ましい行為ではないような気がする。いや、自分が入れる人と同じ人に入れてくれるのであれば、十分に好ましい行為だろうけど。
-投票に行きましょうって言わないと投票してくれないような人は、果たしてちゃんと考えて選んでくれるのだろうか。もしかしてノイズにしかならないのでは?
-選挙は、究極的には、良い政治家を選んで世の中を良くすることが目的であって、誰でもかれでも無理に政治に参加させることではないと思うのです。
-だからそういうキャンペーンをしないようにして、その分税金を節約するほうがいいんじゃないかなと、ふと思ったのです。いやむしろ逆に、選挙がめんどくさい人や迷ってしまった人は選挙に行かないほうがいいですよ、のキャンペーンをやったらどうかな(もちろん誰が選ばれても文句は言いっこなしという前提のもとで)。これでノイズは減るかもしれない。そしたら世の中はもっとよくなるのかな?・・・それとも悪くなるのかな?
--そういうネガティブなキャンペーンをしたほうが、逆に投票に行く人は増えたりして(笑)。

** 2016年07月13日(水) #00 年齢の対数
-タグ: #雑談

-僕はかつて以下のような理論を発見しました。
-「年齢のクラスには法則がある!」
|0歳(1年間)|乳児|
|1歳~2歳(2年間)|幼児|
|3歳~6歳(4年間)|幼稚園・保育園期|
|7歳~14歳(8年間)|小中学生(少年・少女)|
|15歳~30歳(16年間)|青年&成年(おにいさん・おねえさん)|
|31歳~62歳(32年間)|中年(おじさん・おばさん)|
|63歳~126歳(64年間)|高齢者(おじいさん・おばあさん)|
-まあ多少の異論はあるかもしれませんが、とにかく倍々式に年代をあらわす言葉の精度は落ちている傾向があると思います。
-これはどうしてなのかといえば、きっとそれ以上細かく分類するメリットがあまりないというか、要するに高齢になると成長や変化がゆっくりになるのだと思います。
-そうであるならば、実年齢なんかあまり気にしないで、年齢の対数を意識したほうがより実態に沿っている気がします。
-そもそも可能ならば、生まれた日ではなくて受精日を原点とするべきです。まあ標準的には250日くらいを足せばいいのかな?まあ0.7年ってところですね。
|log(受精からの年齢)=0.5|実年齢0.9歳|立って歩き始めるころ?|
|log(受精からの年齢)=1.0|実年齢2.0歳||
|log(受精からの年齢)=1.5|実年齢3.7歳|幼稚園に入るころ?|
|log(受精からの年齢)=2.0|実年齢6.7歳|小学校に入るころ?|
|log(受精からの年齢)=2.5|実年齢11.5歳|中学に入るころ?|
|log(受精からの年齢)=3.0|実年齢19.4歳|ほぼ成人|
|log(受精からの年齢)=3.5|実年齢32.4歳|おじさん・おばさん?|
|log(受精からの年齢)=4.0|実年齢53.9歳||
|log(受精からの年齢)=4.5|実年齢89.3歳|女性の平均寿命?|
|log(受精からの年齢)=5.0|実年齢147.7歳|!!!|
-こんな感じなので、人生の節目としては、実年齢の「十のくらい」よりも、この方が実感に近いのではないかと。
--要するに、十代とかアラサーとかそういう言い方よりもいいはずだと思っている。
-今の自分の「log(受精からの年齢)」を計算してみたら3.7くらいだった。5.0がゴールというか限界点だとしたら、もう1.3しか残ってない。つまり残り26%。・・・ううう、もうあまり大きくは成長できない気がする。成長というか変化??
--そう考えると、2.5である11.5歳くらいが、この指標における「人生の中間点」なのかー。
--中学入学から成人までの8年間の変化は0.5しかなくて、えー、その期間は結構成長するような気がするんだけど、まあ小学校での5年間の成長に相当すると言われると、まあ確かにそうかもしれない。

** 2016年07月14日(木) #00 考えようによっては
-タグ: #発想方法

-たとえば町内会のルールが変わって、それまで許されていたことが許されなくなったとする。
-普通の人は、そこで、「えー、それはひどいよー、今まではよかったのにー」とか言う。
-僕もまあたいていは普通の人の気持ちになるんだけど、でもたまに違う気持ちになるときがある。「確かにこれは本来は禁止すべきだなあ、ってことは、今まで許してもらえていた分が得だったわけだな。じゃあ、文句を言うよりは、今まで大目に見てくれてどうもありがとうございました、かな」とか思う。
-そうやって、みんなが文句を言っているのに、一人だけ感謝の気持ちになっていたりする。
-これってあまのじゃくなのかな?
-消費税が5%から8%になったときも、「本来は10%かそれ以上にしなければいけないと世間では言われているのに、長い間5%にしておいてくれてありがとう」と思ったりした。・・・まあでも税金の話は微妙かな。税金の使い方が悪いから消費税を上げなければいけなくなった、という主張も可能だから。
-要するに、もっと悪い状況を想定して、現状はそれよりはマシだなと思う考え方。
-こういうのは、批判する力が奪われやすくなるという弊害はありそうだけど、でも基本的に普通の人よりは不満を感じずに生きていられるので、楽しく生きられます。
-メモリが「たった1MBしかない」と考えるか、「1MBもある」と考えるか、同じ事実でも印象は違いますよね。

-そういえば、高校生の時の作文の一節に「1%の可能性を、1%の希望と考えるか、99%の絶望だと考えるか、同じことだけど全然違う」って書いたことを思い出した。

** 2016年07月19日(火) #00 Leptonはすごそう
-タグ: #感想

-米Dropbox、JPEGファイルをロスレス圧縮できる画像圧縮アルゴリズム「Lepton」をオープンソースで公開
--https://osdn.jp/magazine/16/07/15/153000
-これはすごそう。JPEGを可逆圧縮で平均で22%も減らせるなんて。実はJPEGってそんなに冗長だったのか・・・。

** 2016年07年19日(火) #01 コンピュータに向かっての作業
-タグ: #雑談

-僕は会社の仕事の時間の半分以上をパソコンに向かっての作業に費やしている。・・・それがたまにふと「これはなんだかおかしいんじゃないか」と思うことがある。
-元々人類はパソコンなんて使っていなかった。それが、パソコンを使って作業をすると効率よく作業できることに気付いて利用するようになった。まあそこまではいい。
-しかしこうしてパソコンばかり使っていると(使わされていると)、なんだか本当に効率が良くなったのだろうかと疑問がわく。効率が悪いからずっとパソコンから離れられないのでは?とか。

** 2016年07月20日(水) #00 また荒らしさんが来た
-タグ: #雑談

-http://osecpu.osask.jp/wiki/?FrontPage に荒らしさんが来ているようです。あーめんどくさい。また対策するか・・・。
--よし、対策完了。

** 2016年07月26日(火) #00
-タグ: #発想方法

-ある人が、根拠はいまいち正しくないけれど、しかし結論はとても正しいことを言ったとする。僕はそういう時、「この人の結論は正しい」と周囲の人よりも先に分かることがある(たまに)。
-いやそれどころか、根拠も結論も正しいのに、みんなが間違っていると言い張って、意見が無視されることはある。たとえば「それでも地球は回っている」とか。

-まず、十分な根拠があれば、つまりどんな反対派でさえも反論できなくなるほどの証拠があれば、それは間違いなくみんな正しいというだろう。しかしそうなって初めて「正しい」と分かることは、果たして賢いことだろうか。僕は全然賢くないと思う。そんなことなら誰でもできる。
-むしろまだ十分な証拠がないのに、正しいものを正しいと見抜けたら、それはとても賢いと僕は思う。もちろん僕はまだその域には達していないけれど。でもそうなりたい。
-むしろまだ十分な証拠がないうちから正しいものを正しいと見抜けたら、それはとても賢いと僕は思う。もちろん僕はまだその域には達していないけれど。でもそうなりたい。
--しかし仮にこれができても、なぜそう思うのかと聞かれてもよい答えは言えない。証拠が足りないことに変わりはないのだから。
-そもそも最近は本当に情報があふれていて、自分で答えを考えられなくても、どの答えが正しいのかを見抜くことさえできれば、相当に有利に生きられる気がする。

-多くの人は、答えを検証する時と問題の答えを探す方法をあまり区別していないように見える(時がある)。だから自分の解けない問題については、正否をうまく判定できない。
-でも本当は、答えを導く方法と検算する方法は違う。
--解き方のまったく分からない方程式がある。
--答えの候補がある。
--正しいかどうかを知る方法は?
--代入してみる。
-だから式変形とか解の公式とかが全然できなくても、検証することはできる。
-数学ではなくて、もっと一般的な問題で考えれば、その答えを仮定してみて矛盾がないかとか、過剰に複雑にしていないかとか、そういうことを確認する。
-これらをクリアするようなら、どんなに意外でも実は正解かもしれない可能性はある。









//lispはプログラムが基本型で書けるところがいいんだ

//同じことを考える人はほかにもいるはずだ

//制約があるほうが考えやすい


//シンギュラリティ
//コンピュータは反乱するか
//計算の委譲、記憶の委譲、判断の委譲、計算過程を見ないことで何を見逃すか

* こめんと欄
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