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* 2013年のメモ #0001 ** 2013.01.01 Tue #0 -お正月になってしまった。こんなに長期に更新をサボったのに、肝心の原稿はまだ進んでない。やばいな・・・。 -さて僕は最近結露に悩んでいる。どうやったら除湿できるかを考えたところ、何か特別な装置は必要なくて、結露した水を集めるのが一番コスト的によいのではないかと考えた。 -それで雑巾でふき取っていたのだけど、これが少々しんどい。ちなみに一度回収しても、2時間後にはまだ水滴いっぱいになっている。断熱カーテン+窓ガラスの水回収能力は相当なものだ。 --僕の部屋の湿度も相当なものだけどね(苦笑)。 -ということでアマゾンで以下を注文。 --「結露とりワイパー S 山崎産業」 --「多目的ピペット デカスポイト 10cc」 -これでどんどん回収してやるぞー!! ** 2013.01.01 Tue #1 -本日2つめの話題。知人友人の間では、ラズベリーパイという名刺サイズARM11マシンが話題になっているが、僕はやっぱりディスプレイやキーボードもそろった状態での最安値を追求したい。 --http://ja.wikipedia.org/wiki/Raspberry_Pi -ということで、これが気になる。非常に気になる。 --http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20120616/etc_epc.html --http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/docs/news/news/20121212_578521.html -これらは、このブログを快適に更新できるのだろうか?今使っているEeePC-1011PXと同じくらいでいいんだ・・・。 ** 2013.01.02 Wed -最近思ったことを少し。 -世間では格差社会というものが問題になっているけど、僕はこれに賛成できない。格差がいけないという多くの人たちは、自分は貧しいのに、他人が自分よりかなり裕福なのが許せないという。・・・それは論理がおかしい。これに対し、たとえばこういう論理なら僕も大賛成できる。「自分は他人よりも十分によく働いて会社を儲けさせているのに、自分のほうが給料が少ない。」 -他人が自分より有能なのだとしたら、収入で負けるのは当たり前のことだ。・・・僕はおそらく社長よりも給料が少ないが、それを不満に思ったことはない。僕の何倍の収入があるのかは知らないけど、10倍でも100倍でも不満はない。大事なのは他人の収入なのか?違うだろう、自分の収入だ。自分が努力してそれに見合った収入が得られるのであれば、それでいいじゃないか。他人と比べて差があるとか無いとか、そんなことがどうして問題なのか。ただねたんでいるだけなんじゃないのか?言葉をかっこよく「格差」とか言っているだけで、要するに他人がうらやましいだけなんじゃないか? -繰り返すけど、自分が十分に働いているのにそれに見合った給料がもらえないと感じているのなら、それは問題だ。僕もその意見には賛成だ。でもそれは他人がいくらもらっているかとは無関係だ。・・・もし日本中のみんなが労働に見合った収入がもらえていない状態になったとして、僕はそのときにそれを重大な社会問題だと思う。しかし格差でしかものを考えない人たちはこれを問題なしというのだろう。差はないから。・・・実にくだらない考え方だ。 -もともと人間ってこんなに他人のことをねたむようなものだろうか。僕はマスコミのミスリードを感じる。「こんなにお金持ちの人がいますよ、ねえねえ、どう思う?」って聞いて回れば、「そりゃまあ、もらいすぎのような気がしますね」と言い出す人は出るだろう。これを報道し、また質問する。そしてこれを繰り返すうちに、自分たちがもらえないのはもらえている人のせいだという責任転嫁が始まり、ついには自分の能力を棚に上げて有能な人を逆恨みしてたたくようになった。・・・こんなくだらない策にひっかかる人は馬鹿だ。しかしこんなことを仕組んだマスコミは万死に値する。 ** 2013.01.03 Thu -01.01の続編。結露とりワイパーが届いた。これはすごい。びっくりするほどたくさん水がとれた。これがあれば除湿機なんて要らないんじゃないか?雑巾で集めていたときは何倍も違う。 -部屋の湿度もだんだん下がってきた気がする。 ** 2013.01.05 Sat -新幹線停車駅名の頭文字はひらがなをどのくらい完備しているだろうか?という実にどうでもいいことを思いついた。 --あおもり、いわて、うえの、えちごゆざわ、おおみや、かるいざわ、きょうと、・・・ --「く」で詰まってそれ以降は考えてない(笑) ** 2013.01.20 Sun #0 -あなたは誰かを尊敬していますか?それとも誰も尊敬していませんか? -僕は尊敬している人がいる、たくさんいる。 -尊敬する人は誰でもいい。今も生きている人、歴史上の偉人、物語の登場人物、どんな人でもいい。いやなんなら人間でなくてもかまわない。しかしとにかく尊敬する人はいますか? -尊敬する人がいないという場合、それはつまり自分はパーフェクトだということなんだろうか?それとも他人の長所を認めることができない性格なのだろうか。 -誰かを尊敬するということは、すべてにおいてその人が自分よりも優れているということを意味しない。「これこれの事柄については○○氏を尊敬している」というだけのことなのだ。どうしてそれすらないのだろうか。 -誰かを尊敬するということは、自分のオリジナリティの放棄を意味しない。むしろ「尊敬する人なんていません」という人のほうが、凡人である傾向があるのではないかとさえ思う。 -尊敬する人がいないという場合、尊敬する人を探さなくていいのだろうか?もっと人を知るべきなんじゃないだろうか? -尊敬する人がいる場合、自分が迷ったり悩んだりしたときに「こういうとき○○氏ならどうするだろうか?」という問いを立てて自問することができる。それは結局自分の中の○○氏であって、本当の○○氏ではないのだけれど、しかしそれがいいのだと思う。自分の中の○○氏はきっといいように美化されている。つまり尊敬に値する程度に理想化されているわけだ。だからこそ、自分が本当にほしい結論を教えてくれる。 -だから尊敬する人がいるというのは、自分の中に複数の視点を持つことになって、結果的によい判断ができる。僕はそう思う。 ** 2013.01.20 Sun #1 -あなたは就職先や進学先を決めるときに、何で決めていますか? -僕は、今「サイボウズ・ラボ」という会社いるけど、僕はこの会社がソフトウェアに関する会社だということしか知らないまま就職を強く希望した。具体的に何を作っているのかとか、それが社会にどのように役立っているのかとか、そんなことはほとんど気にしていなかった。 --まあラボ・ユースのことは知っていた。そしてそれには大変感銘を受けていた。 -僕は知人たちが楽しそうに働いているのを見て、この会社に行きたいと思った。尊敬している人があんなに楽しそうに働いているのだから、この会社はきっといい会社に違いない。僕がここに行きたいと思った理由はそれだ。それしかない。 --この会社で自分が活躍できるかどうかなんてぜんぜん分からなかった。だから面接のときに自分に何ができるのかを率直に話して「こんな私ですが何か仕事はないでしょうか?」と言ったくらいなのだから(苦笑)。 -何が言いたいのかというと、今多くの人たちは、学校や会社を選ぶときに、そこで何をやるかとか将来性はどうなのかとかお給料はどうなのかとか、そういうことをすごく気にしている気がする。それはそれで大いに結構なことだと思うけど、一方で、尊敬する人と一緒に働きたいとか、先輩がいる会社だからとか、なんかそういう理由で選ぶ人がもうちょっといてもいいんじゃないと思うのだ。自分がそうだから特にそう思う。 ** 2013.01.20 Sun #2 -何か失敗をしてしまったとき、どうして自分は失敗したのか、どうすれば同じ失敗を繰り返さないですむのか、誰にどう謝るべきなのか、みたいな事を本当に深刻に悩む人がいる。 -いやそれは実に立派なことで、尊敬するけど、しかしその一方で、こうしたらいいんじゃないかと思うことがある。 -笑ってごまかせばいいではないか。 --なんかもういろいろとダメで、もう笑うしかない状況って言うのがたまにある。 -それが結局は最もよい結果になることもある。 -「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」・・・アルフォンス・デーケン --すみません、これはただ思い出しただけです。今回の文脈には合ってないかもしれません。 ** 2013.01.24 Thu -naskのソースがほしいですと海外版OS自作入門の読者に言われて、CD-ROMに入っているけどあれじゃあ分かりにくいかなあと思い、そんでもってついで最新のnaskの内容にアップデートしようとしたら、なんかミスってうまく行かない。むう。 --時間があるときに続きをやろう。 ** 2013.02.15 Fri -相手に名前を教えてしまったら、それ以降相手に呼ばれていろいろ頼まれてしまう。命令されるかもしれない。それゆえに、名前を教えないとか、名前を聞くときはまず名乗れとか、そういう文化がある(そういう考え方をする人もいるという意味)。もしくは名前を与えることが、支配の象徴だったりする。名(な)を賜(たまわ)るとか。逆に名を与えられていることが名誉になったりすることもある。 -なんでこんな話をしたのかというと、僕たちはプログラミングの際に変数名をどんどんつけるし、ファイルもファイル名をどんどんつける。気軽につける。だけどそれって考えようによっては結構すごいことじゃないかなーと。 -作曲家は自作の曲にどんどん題名をつけるだろうし、小説家も自作の小説にどんどん題名をつけるだろう。小説なら登場人物にも名前をつけなきゃいけないし、章ごとに題名をつけることだってある。 -となるとプログラマとかファイル管理とかは小説家くらいの頻度でいろいろなものに名前をつけているのかな。それとももっと多いのかな? -しかし一方で全ての人に小説家のセンスがあるわけではないと思うので、もしかしたらユーザが適切な名前をつけていくのは結構苦痛かもしれない。システムが適当にfile0, file1, file2, ...ってつけるのじゃだめなのかな?特別に名前をつけたいものだけつければいいじゃないか。 -そういう発想でOSとかプログラミング言語を作ったらどうかな、と今思いついた。思いついただけだけど。使いやすいと感じたりはしないだろうか。 ** 2013.02.17 Sun -原発を再稼動するかどうかの議論で、いっそのこと国民投票で決めようという意見を持っている人がいた。これについて思うところがあるので書きたい。 -僕は、多数決で決められるのは自明なことだけだと思っている。それ以外のことに多数決を使ってもいいことはない。というかただのギャンブルだ。やけを起こさない限りそんなことはすべきではないと思っている。 -議論が紛糾してどうにも決められないことがあったとする。そのとき「よしこうなったらサイコロで決めよう」と誰かが言ったとする。これをどう思うだろうか。僕は正気を疑う。じゃあ「よしこうなったら多数決で決めよう」だったらどうか。同じことだ。 -だってそうだろう、議論は紛糾しており、まだどうすべきか十分には分からないわけだ。そんな状態で多数決をして、どうして正しい結果が得られると期待できるだろうか。これはもはや「多数決教」と言ってもいい状態だ。多数決さえすれば何でもうまく行くと思っている。現代の雑な教育の典型的な被害者だろう。かわいそうに。・・・もう別にどっちになってもたいして違いがない、それよりもどちらかに決めていないことがむしろ有害だ、という場合なら多数決でもよい。まあそういう場合はサイコロでもいいけどね。 -多数決で有効な結果を得るためには、多数決に参加する人の全員(もしくはせめて大多数)が、その問題について十分に理解して結論を持っていることが必要である。そうでなければ多数決はただの「思い込み調査」に過ぎず、その結果ももちろん正しくない可能性がかなり残る。「もうしょうがないから直感で決めようぜ!」って誰かが言ったらそれはひどいと誰でも感じると思うのだけど、それと同じくらいひどいのだ。 -僕たち国民は原発再稼動について何を知っているのか。問題点や課題や対策が、国民全体で十分に認知されているのか。認知されていないのなら認知していない者を除外して国民投票してほしい。そうすればたぶん正しいほうに票は偏るだろう。 -僕たちの民主主義は、権力者が好き勝手になんでも決めてしまうことを回避するために多数決という仕組みを導入した。しかし国民は投票に当たって十分な勉強をしていない。私たち国民は今まで何度も選挙をやってきたが、果たして候補者のうちのベストを選べているのだろうか。いやきっと「ワーストを選ぶことはまぬかれている」程度でしかないだろう。実に残念なことだ。国民は結局イメージだとかなんとなくでしか政治家を選んでいない。だから元芸能人が簡単に当選してしまう。バカがバカを選ぶ衆愚政治になってしまった。こんなことなら一部の人間に政治に専念させてその人たちに任せたほうがずっといい結果になったかもしれない。そう思わないだろうか。それくらいひどい結果になっている。それで政治不信だとか言われている。・・・何も考えずに多数決を使えば結局はこうなるのだ。政治家が悪いわけではない。有権者が悪いわけでもない。多数決の使い方が間違っているだけだ。とにかく選挙に行きましょうなどという標語もあるが、これはなんの解決にもなってない(むしろ悪化しているかもしれない)。むやみに選挙に行っても失望を味わってしまうだけだろう。 -これらのことを知っていれば「いっそのこと国民投票で」という発想は絶対に出てこない。まず原発について猛勉強し、自分の結論を持つはずだ。そしてもし「再開するべき」だとその人が思ったのなら「再開するべき」と言えばいいのだ。もしくは逆の結論になったのなら「絶対に再稼動はすべきじゃない」と言えばいいのだ。どちらにせよ、国民投票でという発言はないはずだ。絶対に。 -多数が間違った判断を下した例は過去にいくらである。どうして間違ってしまったのか。その中にあって正しい判断をしていた少数もある。彼らはどうして間違わずに済んだのか。・・・間違わなかった者たちは、証拠を積み上げ、問題をよく分析し、本質を見逃さなかったからだ。つまりそういう者だけで多数決をするのであれば、多数決の結果はとても有意義である。僕の言いたいことはそれだけだ。 --なぜこんなに何度も失敗してきたシステムを今でも盲目的に信じ続けられるのだろう。反省をしない人なのだろうか。 ** 2013.02.19 Tue -唐突に思ったのだけど、僕がこのwikiを書くのはちっとも快適じゃない。ただのテキスト入力でしかないのに、なんでこんなに遅いんだ?これってFirefoxがバカなのか? --アクティブではないどこかのタブでFlashとかJavaとかJavaScriptが動いているんだろうけど、そうだとしたらどうしてそれをユーザが簡単に知れるようになってないんだろう。それが分かればそのタブを消せばいいと分かるけど、分からないから全部閉じるしかない。重いサイトは大嫌いだけど、どれが重いのか教えてくれなくてみんな同罪にしてしまうブラウザはこの問題に加担しているといえる。 --きっとブラウザの開発者はユーザが遅くて困っているということを知らないんだろう。 -思い出してみれば、16bitの8MHz程度のCPUでメモリ640KBでVZエディタ使っているころのほうが格段に快適だった気がする。今は1.66GHzでDualコアなのに!メモリも1GBもあるのに!これはおかしい。絶対におかしい。何かだまされている。返してくれ!! -うーん、悪いのは誰だ?重いサイトが一番いけないわけだけど、まあ今回はブラウザが悪いということにしよう。よし、じゃあブラウザを変えよう。Chromeにしてみよう。 ~ ~ -Chromeすばらしい!これは速いぞ。しかもShift+ESCでタブごとの負荷を確認できる。そう、こうでなくっちゃ! --だけどタブを複数開くとタブの見出しが小さくなっちゃう。これはどうにかならないかな?Firefoxみたいにスクロールしてほしいんだけど・・・。 --Tab Menu というChrome拡張を入れた。これで我慢するのが一般的らしい。 ** 2013.02.21 Thu -僕はC言語が好きだ。C++とかJavaとかPythonとかも悪くないけど、C言語がやっぱり僕にはちょうどいい。 -最近は、ファイルの整理とかでもC言語を使っている。ダウンロードしたファイルとかがいつの間にか複数のPCに重複して存在したり、それどころか単一のPCの違うフォルダにあったりすることがあるんだけど、そんな場合はこれは重複ですよって教えてくれる簡単なプログラムを書いた。おかげで意図しない(バックアップ用ではない)重複が一掃されてすっきりだ。 -webページを開いてデータを受け取って保存、みたいなのもいつか作りたいと思う。そうすればバックアップができるから。 -僕はそういうことを全部C言語でやってしまおうと思っているし、できると思っている。 -たぶんメールの自動送信とかもできる。 -ちなみに僕はそれらを専用のライブラリでやろうというわけではない。それは探してくるのが面倒だし、まあたぶんC言語用とかはあまりないと思う。だから僕はたいていsystem()関数でアプリを起動してアプリにやらせている。コマンドライン引数だけで十分に操作できないときは、マウスやキーものっとってやってしまう(笑)。 --だからAPIとかが不十分でも全然問題なくて、GUIでできることは全部できる。アプリのバージョンがあがると使えなくなったりはするけど(笑)。まあたいしたプログラムじゃないから、バージョンアップにあわせて直すのもそれほど大変ではない。 ** 2013.02.23 Sat -昨日はOSC2013東京春に行った。今回もブースとかは出してない。・・・今回のOSCは個人的にすばらしくよかった。 -ちなみにセミナーは、MySQLのとAMDのとOSS功労者授賞式に参加。一般参加って結構楽しい。 -懇親会では、以前からの知り合いの人の中にサイボウズ製品のお客様が結構いることが判明。いやあまさかそんなことだったとは!・・・自作OSでつながっている人、オープンソースでつながっている人、未踏ユース系でつながっている人、サイボウズ関係でつながっている人、っていうのが僕の大きな友人知人のつながりなんだけど、いろいろなところがオーバーラップしていると強く実感した。 -あっきぃさんはからはレアなシールをもらえた!(ありがとう) -しかーし、今回すばらしくよかったのはこれらではない。これらはそれぞれに十分にすばらしいのだけど、もっととんでもない予想外のことが起きてしまった!・・・それはneriさんに久しぶりに会ったことだ!だだだだ!! -しかもなんとneriさんは新作をもってきた。なんということか、それは第二世代OSASKの永遠のライバルであるCOM64plusの後継バージョンのCLEだったのだ。今回は機械語部分も独自バイトコードで仮想化されてJITで実行。その命令セットの機能密度はすさまじく、あのcharsが11バイトで書ける。これはヤバイ。かなりヤバイ!! --これがどのくらいやばいことなのか思い出せない人はこちらで復習しましょう。 http://osask.net/w/278.html ---2009.01.10の表を見てね -独自バイトコードを許せばプログラムが小さく書けるのは当たり前だからずるいと思う向きもあるかもしれない。しかしそんなことはない。そもそも独自バイトコード化は僕も長年夢見てきたことで、それはkhabaとかKHBIOSとか第三世代OSASKと呼ばれてきた。しかしそれはまだリリースにはいたっていない。現在CLEはx86とARMとx64に対応しているそうで、こういう多CPU対応のためには独自バイトコードは必須なので、だからneriさんの方向性はずるくない。 -うーん、くやしい。というかすごい。 -ちなみに第三世代OSASKの独自バイトコードは、レジスタの本数が32本とか64本くらいある。まだ正確に決めてないんだけど、少なくとも6本じゃない。そこのところはCLEとは大きく違う。ちなみに実CPUよりもレジスタが多くなるわけだけど、足りない分はメモリの一部をレジスタ代わりに使う予定。だから遅くなる。 --でも何もリリースしてないのでこんなの絵に描いたモチだ。neriさんのほうが10倍えらい。 -僕はセキュリティに配慮してメモリアクセスをどうするか考えていたのだが、なんとneriさんも同じ方向で考えているようで、だからメモリアクセスのサポートを後回しにしているらしい。なるほど・・・まさかそこまで同じだとは! -うーん、まあ差異もあるけど、でも結局他人から見たら同じようなものにしか見えないかもしれない。第三世代OSASKとか作る必要あるのか?CLEに乗っかってしまったほうがいいのでは?思うほどのショックだった、いい意味で。 --いやでもやっぱり僕は僕の道を進むのでご安心(?)を(笑)。 -neriさんはブログを書いているらしい。前のブログは知っていたけどこれは知らなかった! --ねりねりねりね http://nerry.hatenablog.com/ -あとなんとneriさんはこのブログをすでに知っていた!超マイナーなのに・・・なんという情報通!! ~ ~ ~ ---- ** 2013.01.01- (書き途中) -僕はいくつかのプログラミング言語には、理想というか野望というか世界観があるように感じる。こうやってプログラムを作っていけば、どんどんできることが増えて、ついには何でもできるようになるよね?みたいなものを。 -というかそれが構造化プログラミング言語の共通理念かもしれない。 * こめんと欄 #comment
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* 2013年のメモ #0001 ** 2013.01.01 Tue #0 -お正月になってしまった。こんなに長期に更新をサボったのに、肝心の原稿はまだ進んでない。やばいな・・・。 -さて僕は最近結露に悩んでいる。どうやったら除湿できるかを考えたところ、何か特別な装置は必要なくて、結露した水を集めるのが一番コスト的によいのではないかと考えた。 -それで雑巾でふき取っていたのだけど、これが少々しんどい。ちなみに一度回収しても、2時間後にはまだ水滴いっぱいになっている。断熱カーテン+窓ガラスの水回収能力は相当なものだ。 --僕の部屋の湿度も相当なものだけどね(苦笑)。 -ということでアマゾンで以下を注文。 --「結露とりワイパー S 山崎産業」 --「多目的ピペット デカスポイト 10cc」 -これでどんどん回収してやるぞー!! ** 2013.01.01 Tue #1 -本日2つめの話題。知人友人の間では、ラズベリーパイという名刺サイズARM11マシンが話題になっているが、僕はやっぱりディスプレイやキーボードもそろった状態での最安値を追求したい。 --http://ja.wikipedia.org/wiki/Raspberry_Pi -ということで、これが気になる。非常に気になる。 --http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20120616/etc_epc.html --http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/docs/news/news/20121212_578521.html -これらは、このブログを快適に更新できるのだろうか?今使っているEeePC-1011PXと同じくらいでいいんだ・・・。 ** 2013.01.02 Wed -最近思ったことを少し。 -世間では格差社会というものが問題になっているけど、僕はこれに賛成できない。格差がいけないという多くの人たちは、自分は貧しいのに、他人が自分よりかなり裕福なのが許せないという。・・・それは論理がおかしい。これに対し、たとえばこういう論理なら僕も大賛成できる。「自分は他人よりも十分によく働いて会社を儲けさせているのに、自分のほうが給料が少ない。」 -他人が自分より有能なのだとしたら、収入で負けるのは当たり前のことだ。・・・僕はおそらく社長よりも給料が少ないが、それを不満に思ったことはない。僕の何倍の収入があるのかは知らないけど、10倍でも100倍でも不満はない。大事なのは他人の収入なのか?違うだろう、自分の収入だ。自分が努力してそれに見合った収入が得られるのであれば、それでいいじゃないか。他人と比べて差があるとか無いとか、そんなことがどうして問題なのか。ただねたんでいるだけなんじゃないのか?言葉をかっこよく「格差」とか言っているだけで、要するに他人がうらやましいだけなんじゃないか? -繰り返すけど、自分が十分に働いているのにそれに見合った給料がもらえないと感じているのなら、それは問題だ。僕もその意見には賛成だ。でもそれは他人がいくらもらっているかとは無関係だ。・・・もし日本中のみんなが労働に見合った収入がもらえていない状態になったとして、僕はそのときにそれを重大な社会問題だと思う。しかし格差でしかものを考えない人たちはこれを問題なしというのだろう。差はないから。・・・実にくだらない考え方だ。 -もともと人間ってこんなに他人のことをねたむようなものだろうか。僕はマスコミのミスリードを感じる。「こんなにお金持ちの人がいますよ、ねえねえ、どう思う?」って聞いて回れば、「そりゃまあ、もらいすぎのような気がしますね」と言い出す人は出るだろう。これを報道し、また質問する。そしてこれを繰り返すうちに、自分たちがもらえないのはもらえている人のせいだという責任転嫁が始まり、ついには自分の能力を棚に上げて有能な人を逆恨みしてたたくようになった。・・・こんなくだらない策にひっかかる人は馬鹿だ。しかしこんなことを仕組んだマスコミは万死に値する。 ** 2013.01.03 Thu -01.01の続編。結露とりワイパーが届いた。これはすごい。びっくりするほどたくさん水がとれた。これがあれば除湿機なんて要らないんじゃないか?雑巾で集めていたときは何倍も違う。 -部屋の湿度もだんだん下がってきた気がする。 ** 2013.01.05 Sat -新幹線停車駅名の頭文字はひらがなをどのくらい完備しているだろうか?という実にどうでもいいことを思いついた。 --あおもり、いわて、うえの、えちごゆざわ、おおみや、かるいざわ、きょうと、・・・ --「く」で詰まってそれ以降は考えてない(笑) ** 2013.01.20 Sun #0 -あなたは誰かを尊敬していますか?それとも誰も尊敬していませんか? -僕は尊敬している人がいる、たくさんいる。 -尊敬する人は誰でもいい。今も生きている人、歴史上の偉人、物語の登場人物、どんな人でもいい。いやなんなら人間でなくてもかまわない。しかしとにかく尊敬する人はいますか? -尊敬する人がいないという場合、それはつまり自分はパーフェクトだということなんだろうか?それとも他人の長所を認めることができない性格なのだろうか。 -誰かを尊敬するということは、すべてにおいてその人が自分よりも優れているということを意味しない。「これこれの事柄については○○氏を尊敬している」というだけのことなのだ。どうしてそれすらないのだろうか。 -誰かを尊敬するということは、自分のオリジナリティの放棄を意味しない。むしろ「尊敬する人なんていません」という人のほうが、凡人である傾向があるのではないかとさえ思う。 -尊敬する人がいないという場合、尊敬する人を探さなくていいのだろうか?もっと人を知るべきなんじゃないだろうか? -尊敬する人がいる場合、自分が迷ったり悩んだりしたときに「こういうとき○○氏ならどうするだろうか?」という問いを立てて自問することができる。それは結局自分の中の○○氏であって、本当の○○氏ではないのだけれど、しかしそれがいいのだと思う。自分の中の○○氏はきっといいように美化されている。つまり尊敬に値する程度に理想化されているわけだ。だからこそ、自分が本当にほしい結論を教えてくれる。 -だから尊敬する人がいるというのは、自分の中に複数の視点を持つことになって、結果的によい判断ができる。僕はそう思う。 ** 2013.01.20 Sun #1 -あなたは就職先や進学先を決めるときに、何で決めていますか? -僕は、今「サイボウズ・ラボ」という会社いるけど、僕はこの会社がソフトウェアに関する会社だということしか知らないまま就職を強く希望した。具体的に何を作っているのかとか、それが社会にどのように役立っているのかとか、そんなことはほとんど気にしていなかった。 --まあラボ・ユースのことは知っていた。そしてそれには大変感銘を受けていた。 -僕は知人たちが楽しそうに働いているのを見て、この会社に行きたいと思った。尊敬している人があんなに楽しそうに働いているのだから、この会社はきっといい会社に違いない。僕がここに行きたいと思った理由はそれだ。それしかない。 --この会社で自分が活躍できるかどうかなんてぜんぜん分からなかった。だから面接のときに自分に何ができるのかを率直に話して「こんな私ですが何か仕事はないでしょうか?」と言ったくらいなのだから(苦笑)。 -何が言いたいのかというと、今多くの人たちは、学校や会社を選ぶときに、そこで何をやるかとか将来性はどうなのかとかお給料はどうなのかとか、そういうことをすごく気にしている気がする。それはそれで大いに結構なことだと思うけど、一方で、尊敬する人と一緒に働きたいとか、先輩がいる会社だからとか、なんかそういう理由で選ぶ人がもうちょっといてもいいんじゃないと思うのだ。自分がそうだから特にそう思う。 ** 2013.01.20 Sun #2 -何か失敗をしてしまったとき、どうして自分は失敗したのか、どうすれば同じ失敗を繰り返さないですむのか、誰にどう謝るべきなのか、みたいな事を本当に深刻に悩む人がいる。 -いやそれは実に立派なことで、尊敬するけど、しかしその一方で、こうしたらいいんじゃないかと思うことがある。 -笑ってごまかせばいいではないか。 --なんかもういろいろとダメで、もう笑うしかない状況って言うのがたまにある。 -それが結局は最もよい結果になることもある。 -「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」・・・アルフォンス・デーケン --すみません、これはただ思い出しただけです。今回の文脈には合ってないかもしれません。 ** 2013.01.24 Thu -naskのソースがほしいですと海外版OS自作入門の読者に言われて、CD-ROMに入っているけどあれじゃあ分かりにくいかなあと思い、そんでもってついで最新のnaskの内容にアップデートしようとしたら、なんかミスってうまく行かない。むう。 --時間があるときに続きをやろう。 ** 2013.02.15 Fri -相手に名前を教えてしまったら、それ以降相手に呼ばれていろいろ頼まれてしまう。命令されるかもしれない。それゆえに、名前を教えないとか、名前を聞くときはまず名乗れとか、そういう文化がある(そういう考え方をする人もいるという意味)。もしくは名前を与えることが、支配の象徴だったりする。名(な)を賜(たまわ)るとか。逆に名を与えられていることが名誉になったりすることもある。 -なんでこんな話をしたのかというと、僕たちはプログラミングの際に変数名をどんどんつけるし、ファイルもファイル名をどんどんつける。気軽につける。だけどそれって考えようによっては結構すごいことじゃないかなーと。 -作曲家は自作の曲にどんどん題名をつけるだろうし、小説家も自作の小説にどんどん題名をつけるだろう。小説なら登場人物にも名前をつけなきゃいけないし、章ごとに題名をつけることだってある。 -となるとプログラマとかファイル管理とかは小説家くらいの頻度でいろいろなものに名前をつけているのかな。それとももっと多いのかな? -しかし一方で全ての人に小説家のセンスがあるわけではないと思うので、もしかしたらユーザが適切な名前をつけていくのは結構苦痛かもしれない。システムが適当にfile0, file1, file2, ...ってつけるのじゃだめなのかな?特別に名前をつけたいものだけつければいいじゃないか。 -そういう発想でOSとかプログラミング言語を作ったらどうかな、と今思いついた。思いついただけだけど。使いやすいと感じたりはしないだろうか。 ** 2013.02.17 Sun -原発を再稼動するかどうかの議論で、いっそのこと国民投票で決めようという意見を持っている人がいた。これについて思うところがあるので書きたい。 -僕は、多数決で決められるのは自明なことだけだと思っている。それ以外のことに多数決を使ってもいいことはない。というかただのギャンブルだ。やけを起こさない限りそんなことはすべきではないと思っている。 -議論が紛糾してどうにも決められないことがあったとする。そのとき「よしこうなったらサイコロで決めよう」と誰かが言ったとする。これをどう思うだろうか。僕は正気を疑う。じゃあ「よしこうなったら多数決で決めよう」だったらどうか。同じことだ。 -だってそうだろう、議論は紛糾しており、まだどうすべきか十分には分からないわけだ。そんな状態で多数決をして、どうして正しい結果が得られると期待できるだろうか。これはもはや「多数決教」と言ってもいい状態だ。多数決さえすれば何でもうまく行くと思っている。現代の雑な教育の典型的な被害者だろう。かわいそうに。・・・もう別にどっちになってもたいして違いがない、それよりもどちらかに決めていないことがむしろ有害だ、という場合なら多数決でもよい。まあそういう場合はサイコロでもいいけどね。 -多数決で有効な結果を得るためには、多数決に参加する人の全員(もしくはせめて大多数)が、その問題について十分に理解して結論を持っていることが必要である。そうでなければ多数決はただの「思い込み調査」に過ぎず、その結果ももちろん正しくない可能性がかなり残る。「もうしょうがないから直感で決めようぜ!」って誰かが言ったらそれはひどいと誰でも感じると思うのだけど、それと同じくらいひどいのだ。 -僕たち国民は原発再稼動について何を知っているのか。問題点や課題や対策が、国民全体で十分に認知されているのか。認知されていないのなら認知していない者を除外して国民投票してほしい。そうすればたぶん正しいほうに票は偏るだろう。 -僕たちの民主主義は、権力者が好き勝手になんでも決めてしまうことを回避するために多数決という仕組みを導入した。しかし国民は投票に当たって十分な勉強をしていない。私たち国民は今まで何度も選挙をやってきたが、果たして候補者のうちのベストを選べているのだろうか。いやきっと「ワーストを選ぶことはまぬかれている」程度でしかないだろう。実に残念なことだ。国民は結局イメージだとかなんとなくでしか政治家を選んでいない。だから元芸能人が簡単に当選してしまう。バカがバカを選ぶ衆愚政治になってしまった。こんなことなら一部の人間に政治に専念させてその人たちに任せたほうがずっといい結果になったかもしれない。そう思わないだろうか。それくらいひどい結果になっている。それで政治不信だとか言われている。・・・何も考えずに多数決を使えば結局はこうなるのだ。政治家が悪いわけではない。有権者が悪いわけでもない。多数決の使い方が間違っているだけだ。とにかく選挙に行きましょうなどという標語もあるが、これはなんの解決にもなってない(むしろ悪化しているかもしれない)。むやみに選挙に行っても失望を味わってしまうだけだろう。 -これらのことを知っていれば「いっそのこと国民投票で」という発想は絶対に出てこない。まず原発について猛勉強し、自分の結論を持つはずだ。そしてもし「再開するべき」だとその人が思ったのなら「再開するべき」と言えばいいのだ。もしくは逆の結論になったのなら「絶対に再稼動はすべきじゃない」と言えばいいのだ。どちらにせよ、国民投票でという発言はないはずだ。絶対に。 -多数が間違った判断を下した例は過去にいくらである。どうして間違ってしまったのか。その中にあって正しい判断をしていた少数もある。彼らはどうして間違わずに済んだのか。・・・間違わなかった者たちは、証拠を積み上げ、問題をよく分析し、本質を見逃さなかったからだ。つまりそういう者だけで多数決をするのであれば、多数決の結果はとても有意義である。僕の言いたいことはそれだけだ。 --なぜこんなに何度も失敗してきたシステムを今でも盲目的に信じ続けられるのだろう。反省をしない人なのだろうか。 ** 2013.02.19 Tue -唐突に思ったのだけど、僕がこのwikiを書くのはちっとも快適じゃない。ただのテキスト入力でしかないのに、なんでこんなに遅いんだ?これってFirefoxがバカなのか? --アクティブではないどこかのタブでFlashとかJavaとかJavaScriptが動いているんだろうけど、そうだとしたらどうしてそれをユーザが簡単に知れるようになってないんだろう。それが分かればそのタブを消せばいいと分かるけど、分からないから全部閉じるしかない。重いサイトは大嫌いだけど、どれが重いのか教えてくれなくてみんな同罪にしてしまうブラウザはこの問題に加担しているといえる。 --きっとブラウザの開発者はユーザが遅くて困っているということを知らないんだろう。 -思い出してみれば、16bitの8MHz程度のCPUでメモリ640KBでVZエディタ使っているころのほうが格段に快適だった気がする。今は1.66GHzでDualコアなのに!メモリも1GBもあるのに!これはおかしい。絶対におかしい。何かだまされている。返してくれ!! -うーん、悪いのは誰だ?重いサイトが一番いけないわけだけど、まあ今回はブラウザが悪いということにしよう。よし、じゃあブラウザを変えよう。Chromeにしてみよう。 ~ ~ -Chromeすばらしい!これは速いぞ。しかもShift+ESCでタブごとの負荷を確認できる。そう、こうでなくっちゃ! --だけどタブを複数開くとタブの見出しが小さくなっちゃう。これはどうにかならないかな?Firefoxみたいにスクロールしてほしいんだけど・・・。 --Tab Menu というChrome拡張を入れた。これで我慢するのが一般的らしい。 ** 2013.02.21 Thu -僕はC言語が好きだ。C++とかJavaとかPythonとかも悪くないけど、C言語がやっぱり僕にはちょうどいい。 -最近は、ファイルの整理とかでもC言語を使っている。ダウンロードしたファイルとかがいつの間にか複数のPCに重複して存在したり、それどころか単一のPCの違うフォルダにあったりすることがあるんだけど、そんな場合はこれは重複ですよって教えてくれる簡単なプログラムを書いた。おかげで意図しない(バックアップ用ではない)重複が一掃されてすっきりだ。 -webページを開いてデータを受け取って保存、みたいなのもいつか作りたいと思う。そうすればバックアップができるから。 -僕はそういうことを全部C言語でやってしまおうと思っているし、できると思っている。 -たぶんメールの自動送信とかもできる。 -ちなみに僕はそれらを専用のライブラリでやろうというわけではない。それは探してくるのが面倒だし、まあたぶんC言語用とかはあまりないと思う。だから僕はたいていsystem()関数でアプリを起動してアプリにやらせている。コマンドライン引数だけで十分に操作できないときは、マウスやキーものっとってやってしまう(笑)。 --だからAPIとかが不十分でも全然問題なくて、GUIでできることは全部できる。アプリのバージョンがあがると使えなくなったりはするけど(笑)。まあたいしたプログラムじゃないから、バージョンアップにあわせて直すのもそれほど大変ではない。 ** 2013.02.23 Sat -昨日はOSC2013東京春に行った。今回もブースとかは出してない。・・・今回のOSCは個人的にすばらしくよかった。 -ちなみにセミナーは、MySQLのとAMDのとOSS功労者授賞式に参加。一般参加って結構楽しい。 -懇親会では、以前からの知り合いの人の中にサイボウズ製品のお客様が結構いることが判明。いやあまさかそんなことだったとは!・・・自作OSでつながっている人、オープンソースでつながっている人、未踏ユース系でつながっている人、サイボウズ関係でつながっている人、っていうのが僕の大きな友人知人のつながりなんだけど、いろいろなところがオーバーラップしていると強く実感した。 -あっきぃさんはからはレアなシールをもらえた!(ありがとう) -しかーし、今回すばらしくよかったのはこれらではない。これらはそれぞれに十分にすばらしいのだけど、もっととんでもない予想外のことが起きてしまった!・・・それはneriさんに久しぶりに会ったことだ!だだだだ!! -しかもなんとneriさんは新作をもってきた。なんということか、それは第二世代OSASKの永遠のライバルであるCOM64plusの後継バージョンのCLEだったのだ。今回は機械語部分も独自バイトコードで仮想化されてJITで実行。その命令セットの機能密度はすさまじく、あのcharsが11バイトで書ける。これはヤバイ。かなりヤバイ!! --これがどのくらいやばいことなのか思い出せない人はこちらで復習しましょう。 http://osask.net/w/278.html ---2009.01.10の表を見てね -独自バイトコードを許せばプログラムが小さく書けるのは当たり前だからずるいと思う向きもあるかもしれない。しかしそんなことはない。そもそも独自バイトコード化は僕も長年夢見てきたことで、それはkhabaとかKHBIOSとか第三世代OSASKと呼ばれてきた。しかしそれはまだリリースにはいたっていない。現在CLEはx86とARMとx64に対応しているそうで、こういう多CPU対応のためには独自バイトコードは必須なので、だからneriさんの方向性はずるくない。 -うーん、くやしい。というかすごい。 -ちなみに第三世代OSASKの独自バイトコードは、レジスタの本数が32本とか64本くらいある。まだ正確に決めてないんだけど、少なくとも6本じゃない。そこのところはCLEとは大きく違う。ちなみに実CPUよりもレジスタが多くなるわけだけど、足りない分はメモリの一部をレジスタ代わりに使う予定。だから遅くなる。 --でも何もリリースしてないのでこんなの絵に描いたモチだ。neriさんのほうが10倍えらい。 -僕はセキュリティに配慮してメモリアクセスをどうするか考えていたのだが、なんとneriさんも同じ方向で考えているようで、だからメモリアクセスのサポートを後回しにしているらしい。なるほど・・・まさかそこまで同じだとは! -うーん、まあ差異もあるけど、でも結局他人から見たら同じようなものにしか見えないかもしれない。第三世代OSASKとか作る必要あるのか?CLEに乗っかってしまったほうがいいのでは?思うほどのショックだった、いい意味で。 --いやでもやっぱり僕は僕の道を進むのでご安心(?)を(笑)。 -neriさんはブログを書いているらしい。前のブログは知っていたけどこれは知らなかった! --ねりねりねりね http://nerry.hatenablog.com/ -あとなんとneriさんはこのブログをすでに知っていた!超マイナーなのに・・・なんという情報通!! ~ ~ ~ ---- ** 2013.01.01- (書き途中) -僕はいくつかのプログラミング言語には、理想というか野望というか世界観があるように感じる。こうやってプログラムを作っていけば、どんどんできることが増えて、ついには何でもできるようになるよね?みたいなものを。 -というかそれが構造化プログラミング言語の共通理念かもしれない。 * こめんと欄 #comment
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