2017年02月
2017年02月18日(土) #00 未来の食べ物
- 数十年前のSFでは、未来の食べ物が出てくる。自動調理器があって、ボタンを押すといきなり料理が出てくる(何も入れなくても)。僕はこれが大好きだ。・・・もしくは材料を放り込めば後は勝手にやってくれるとか。
- もしくは何か小さな豆みたいなものを謎の機械に入れてボタンを押すと、30秒くらいでおいしそうなほかほかの料理が出てくる。
- これらはもちろん実現していないわけだけど、しかし考えようによっては、いくつかの食品はこれに近いのではないか、そう思う。
- カップラーメン
- 基本的にはお湯を注ぐだけ。まあ具や香油を足すひつようがあるものはあるけど。日清のカップヌードルとかはそれすらないので、非常に潔い。
- 冷凍食品
- 炊飯器
- ホームベーカリー
- フリーズドライ食品
- サプリメント食品
- これはすてきな料理が出てくるというわけではないけど、小さなタブレットだけで必要な栄養がすべて賄える、みたいなのは、別の意味で未来的だと思う。
2017年02月18日(土) #01 究極のデバッグ方法
- 究極のデバッグ方法は、そもそもバグを出さないことである。
- まあ完全に根絶するのは無理としても、最初からバグが少なければ、デバッグで苦労することは少ない。
- 当たり前のことなんだけど、今更気づいた。
2017年02月19日(日) #00 新しいものはいいものか?
- 世間では、古い考え方とか、古いものなどをバカにして、新しい考え方や新しいものを良いと考える傾向があるように思う。
- でもそれはどうかなと僕は疑問を感じる。
- まず古いやり方は、基本的にそれまで成功し続けた方法でもあるので、それを続けている限りそれよりも悪くなることはない。一方で新しいやり方は長期間の検証に耐えたものではないので、何らかのリスクがありうる。予期しないトラブルの可能性もある。
- またたいていの場合新製品は高価である。型落ちや定番品は安価である。古いものには既知の欠陥があるかもしれないが、それをわかったうえでそれなりに安く買えるのであれば、基本的に問題はない。
- そもそも大きな生活の変化は好ましくないと僕は思う。小さな変化であれば、その影響範囲は限定的であり、影響の程度を見積もりやすい。しかし大きな変化は大きく影響してしまい、影響の程度は予想が難しくなる。いいことばかりとは限らない。
- もちろん、現状が非常に苦痛で、もはやなんでもいいから別の生活に移行したい、という場合は、やけっぱちで大きな変化に「賭ける」ことはありうるとは思う。でもそれ以外では、大きな変化を僕は望まない。
- 古いものをより工夫して使うことはとても素晴らしい。道具が進化して人間が退化していくのがいいのか、道具はそのままで人間が進化するのがいいのか。まあもちろん道具も人間も進化するのがいいと思うのだけど、そのためには新しいものにどんどん飛びつくのは賢明ではない。同じものを使い続けて活用方法を工夫し続ける姿勢も重要だと思う。
- 壊れてしまったから買い替える、というのはわかる。でも壊れていないのだったら、「もっと工夫して使えないだろうか」って考えないのかな。なんというか、改善するには自分ではない外部を改善しなければいけないのか。うまくできないのは自分のせいではなく道具のせいなのか。その発想に未来はあるのか。
- たとえば、会社が気に入らないから転職する。まあそれはそれでいいのかもしれないけど、転職しないで会社を良くしていく道もあるはずなのに、それは検討しないのか。・・・なんかそういうことも感じる。まあそうやってダメな職場を捨てていくことで世の中が良くなっていく面もあるだろうけど、でも既存の職場を改善できるならしていった方が効率的だと思う。
- うまく行かないのは会社のせい?それとも自分の努力が足りないせい?・・・まあ会社のせいかもしれないけど、でも全く自分を省みないのは生産的なのかな??なんでも他人のせいにするのは楽かもしれないけど、それでいいのかな?
こめんと欄
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